BODYTALK
〜 その13 〜




「別に怒ることないっしょ」

 平然と保田は後藤に話を続けた。

「あんたがあたしのことを好きじゃないってのはわかってるからさ。だから、あんたをどうこうしようとか思ってないし」
「そういう問題じゃないでしょ」
「それに、相手があたしを好きって思ってくれりゃー別にいいんじゃないの?」

 ものすごいこと言ってるよ。この人。
 後藤は信じて協力した石川に同情をする。

「梨華ちゃんは・・・けど、圭ちゃんが好きで。圭ちゃんのために音作ってくれたりしたんでしょ? それを踏みにじるようなことって、やっぱ」
「それは、それ。これは、これ」
「じゃなくて! 梨華ちゃんに今のことをどう説明するつもりなのかって聞いてるの!」

 後藤が噛み付くように言うと、保田はめんどくさそうにため息をつく。

「言わなきゃばれないじゃない」
「言うつもりもないの! 最悪ーっ」
「言って余計に傷つける方が悪いことしてる、ってあたしは思うな」

 そもそも、話し合いでどうにかなる相手じゃない。
 さすが本来の圭ちゃん乗っ取り計画をするだけあって、かなり態度大きいし。
 それに、それまでの圭ちゃんにはないこの高慢すぎる自信は何だ。

「とにかく、後藤。あんたには邪魔してほしくないわけ」
「邪魔って。それは今の圭ちゃんの邪魔なだけでしょ」
「どうでもいいからさ。余計なことをすんなってこと」

 保田は立ち去りかけた。
 後藤は、また手近な武器を探す。空き瓶を発見して構える。
 と、保田は素早く身構えてMDのスイッチに指をかけた。

「無駄だって言ってるじゃない」
「う・・・」
「石川にあんたが喋っても、まあ信用するわけないとは思うしね。早く新しい状況に納得した方が利口だよ」

 言って、保田は後藤から武器を取り上げた。
 遠ざけて、ぷい、とその場を立ち去ってしまった。

「こ、このまま諦めるなんて。絶対やだーっ!」

 後藤は地団駄踏んで大声を上げた。
 くそー。こうなったら意地でも他の圭ちゃんを引っ張り出してやる。
 後藤は保田が自分から遠くに置いた小さなビンを手にとって、こっそりと懐に忍ばせた。

 梨華ちゃんを説得するのも難しいし。
 こうなったら、一人になる瞬間を狙うしかない。
 一人で・・・しかも、油断してるときって言えば・・・。

 後藤はいきなりひらめいた。
 おうっ! と手のひらを打つ。
 その手があったぞ、と。



           *


 しばらくは様子を見るために保田の後ろにひっついていた。
 並んで座った隙にさっと加護の手を握ろうとしたり、ふざけあったのをいいことに安倍にまとわりついたり。
 まー、そこまでよくもまぁ、ってくらいあの手この手で迫り続ける。
 寸前でカットして邪魔をし続けるも、これはほとんど真剣勝負になってきた。

 チャンスを狙うんだ。
 チャンス・・・チャンス・・・。

 幾度目かの休憩に入って、ばらばらと人が散った。
 さっそく雑談に入るみんなから、ひょこっと保田が輪から抜けた。
 後藤はそれを目ざとく見つけ、さらに保田に気づかれないように後をつける。
 狙ったとおり、保田は角を曲がって、トイレの個室へ。
 今だ!
 後藤は閉じる直前のドアに足をはさみ、ぎょっとたじろぐ保田と一緒に狭い中へと飛び込んだ。

「後藤! 何をっ!」
「待ってたぞぉーーっ! 隙ありーっ!」

 振りかぶったビンを打ち下ろす。
 ごちんっ! と固い衝撃音が個室に走った。
 あまりの衝撃にバランスを崩した保田が洋式の蓋に背中からぶちあたる。
 がくっと首を下げたまま座り込んだ床にMDが落ちて、後藤は慌ててそれを外に蹴りだした。

 すかさず、襟元を持って顔をぐいっと起こさせる。

「起きろっ! こら。なんとか言ってみろ」
「う・・・」

 うめき声を上げて、保田が薄く目を開いた。
 興奮状態の後藤がさらにぶんぶんと揺さぶって叩き起こす。

「ご・・・後藤・・・?」
「圭ちゃん! 誰? 何の圭ちゃん?!」
「あたしは・・・だから、あたし・・・」

 苦しそうに喉を押さえる保田から手を離した。
 ごほごほ、と咳き込みながら、保田はもう一度蓋に腰を落とした。
 落ち着くのを待って、後藤はその姿を見下ろす。

「乱暴だな。・・・たく」
「圭ちゃん? もしかして、普通の圭ちゃん?」
「残念でした」

 額に当てていた手をゆっくりとどけた。
 鋭い眼光が、さらに増すように後藤を刺す。
 っちゃぁ・・・。後藤は思わずビンを探そうとしてしまったくらいた。

「待ってよ。事情なら大体のところわかったからさ」
「えっ? 珍しく協力してくれるの?」
「ったりまえでしょうが。あたしだって大いに迷惑してるんだよ」

 あれだ。Hな圭ちゃんだ。
 いつものいい加減でスケベそうな表情が、今回ばかりはやや真面目に締まっている。
 後藤はまた痛そうに頭を抱える保田の脇にしゃがんで顔を覗き込む。

「わかってんならさ、なんとかしてよ。あいつ・・・ってそれも圭ちゃんなんだけど」
「そうは言ってもね。あたしたちは、自分から外に出ることはできないの。しっかし、あいつもうまいこと考えたもんだな」
「感心してる場合じゃないよ。普通の圭ちゃんはどうなっちゃうの?」

 あー・・・。
 と、保田は自分の頭を振った。
 耳に水でも入ったみたいにとんとん、としてみるけど。

「寝てる」
「だぁーっ! 自分の危機だってのに。なんて呑気なことをっ」
「しょうがないよ。だって、あいつ・・・あたし・・・あー、めんどくさ。つまり、今乗っ取りを計画してるやつはかなり周到に計画してやってるんだもん」

 ふむ、と保田は腕を組んだ。
 後藤も他人事ではなく一緒に考える準備をする。何も考え付かないけど。

「そのもとからいた『保田圭』にとっちゃ、あたしとかがこうしていることは、夢でしかないんだよ」
「そんな・・・。じゃあ、もう二度と普通の圭ちゃんには会えないの?」
「そうとも言えないけど・・・」

 余計なことを言ったかな、と保田は口許を押さえた。
 すかさず、「どういうこと!」と、後藤が詰め寄る。

「詳しいメカニズムはわかんないけどさ。あたしたち(便宜的に)は、頭に響く音で入れ替わり立ち代りをしてたんだよ。それは、それぞれの人格のときは『夢』なんだけど。・・・でも、それが夢なんかじゃなくて、本当はこういうことになってるってことには、あたしは結構早くから気づいてたんだ。ただ、あたし意外に気づいてるやつがいて、しかもコントロールするまで考えていたとは予想外な」

 そりゃ後藤にわかるわけないけど、とにかくそういうことなんでしょう。

「じゃっ、乗っ取りを計画してるやつがそうしてるみたいに、何かの音を聞かせれば普通の圭ちゃんも戻ってくるってこと?」
「そうだけど。でも、あたしも自分の音がわかんないくらいだし。本人、こんなことになってるなんてわかってないだろうしさ」

 わかってなさそう・・・。
 いやっ! 後藤は首を振った。
 こんなことで諦めてはいけない。

「なんとか、普通の圭ちゃんに連絡取る方法はないの?」
「うーん。あたしから直接話し掛けるって、できない相談だなぁ」
「じゃ、今だけでも呼び出せない?」

 保田は嫌そうに首を振る。

「根気よく、殴り続ける?」
「いやー。後藤も、そんな楽しんで殴ってるわけじゃ・・・」

 それに、次に殴って出てきたやつがさっきのだったら余計面倒なことになるし。
 八方塞がりで二人は並んでうーん、と考えた。

「考えても、解決する問題じゃないよね」
「うん」
「だから、考えても無駄だね」
「へ? ちょっと!」
「久しぶりに外の空気を吸ってさ、あたしもそれなりにストレス溜まってるわけ」

 はぁ? と、後藤が嫌な空気を感じる直前に、保田がいきなり立ち上がって後藤を壁に追い詰めた。
 ドアに後藤の背中を押し付けて、自分は脚の間に自分の脚を差し挟む。

「ま、待ってよ! さっきは、協力するって言ったじゃんかよぉ」
「でも、協力しても仕方ないんでしょ?」
「まじめに考えろーっ!」
「まじめだよ」

 腕を押さえて、顔を近づける。
 跳ね飛ばそうとする前に、保田がぐっとキスをしてきた。
 吸い取るがごとく、かなり乗気で。
 久しぶりの感覚に、一瞬後藤も我を忘れそうになるくらいだ。

 呼吸のために一旦顔を離して、それからおまけにちゅっ、と触れる優しいキスをした。
 全く不本意ながら、「ああ。こんなキスもできるんだ」って思うくらい。

「あたしは、後藤が好きなんだよ」
「は・・・あはは・・・」
「信じなくても結構だけど、あたしは、後藤だけが好きなんだ」

 とても信じられる話じゃないけど。
 後藤が顔を赤くしたままなるようになると、ゆっくりと顔が耳から首筋に流れる。
 どうしようもないくらい優しく。

「隙を窺うしかないね」
「隙?」
「とにかく、その『普通の保田』ってのを呼び出して、本人に夢じゃないことを気づかせないと」
「そうすれば・・・圭ちゃんは、元に・・・んっ! 戻ってくれるの?」

 トレーナーの中に保田の指が入ってくる。
 背中からゆっくりとまさぐるようにして後藤の体を弄ぶ。
 声が出そうになるのを、またキスで塞がれる。

「多分、それさえ見つけてしまえば、なんとかなると思うんだよ。本当は、こんな助言したくなかったけどね」
「圭ちゃ・・・」
「ま、あいつに閉じ込められっぱなしよりはましか」

 保田が指を後藤の胸元に走らせて、瞬間がんっ! と後藤の肘が扉にぶつかった。
 すかさず体を密着させて、保田が後藤のジーンズのボタンを外す。

「ま、待ってよ。こんなとこで、何する気なんだよ」
「することって、一つじゃないの?」
「休憩時間は、たった15分だってーのっ!!」

 関係ないね、と言って保田が後藤に触れる。
 ぐっ! と、声を上げるのを指を噛ませて塞ぐ。
 自分はまくりあげたトレーナーの中にある、ウエストのラインを舐めていた。
 はぁっ、と熱っぽい吐息が漏れる。
 探られる腰がずるずると扉からずり下がりそうになってしまう。

「頼んだよ。後藤」
「そんな、頼まれても・・・。後藤は、別に圭ちゃんのことなんて・・・」
「助けると思ってさ」

 引き寄せられた腰が浮く。
 がんっ、とまた強く肘が扉を打った。
 保田は荒い息の後藤をよそに顔を下腹のあたりまで下げていた。
 今にも、ジーンズを引き下げられるか、というとき。

 ばしゃーーーんっ!

 と、けたたましい音が鳴った。
 びくっ、と後藤は慌てて腰を引く。
 水でもぶっかけられたみたいに体を離した二人だったが、保田は特に衝撃でもあったかのように頭を抱えた。
 後藤がなんとかジーンズをもとに戻して、保田に歩み寄ろうとしたとき。

「なんだよ! 後藤っ!!」
「わっ!」

 ばしっ! と、思い切り手を払いのけられた。
 痛さに後藤が自分の手をさするところ、保田は苦しそうに頭を抱えつつ、憎しみを込めたような目で後藤を見た。

「保田さんっ!!」

 外からそんな声がする。
 保田は後藤の脇をすり抜けるようにして個室の扉を開いた。
 慌て後藤がシャツをなんとかして追いかけると、そこでは自分が蹴りだしたMDプレーヤーを手にして保田に抱えられる石川がいた。

「ごっちん・・・」
「違うんだよ! 梨華ちゃんっ。これは、だからなりゆきで・・・」
「卑怯な手を使うね、後藤」

 さっきの音ですっかり勢いを取り戻したらしい保田。
 石川と一緒に後藤を非難がましい目で睨む。

「油断も隙もあったもんじゃないね」
「保田さん、大丈夫でした?」
「なんとかね・・・」

 それまでの浮気な雰囲気はどこへやら。
 保田は千年の恋人のように石川を抱いている。
 わかっていつつも、後藤は軽くショックを受けた。

「ありがとう。石川。やっぱりあんたがいないとダメだね」
「そんな・・・。だって、なかなか保田さんが戻って来ないし、心配で」

 ここに後藤がいるっちゅうの!
 二人の世界作んなってーのっ。
 ていうか、圭ちゃんっ!!

「この先後藤が邪魔しようとするかもしれないね」
「大丈夫ですっ。石川が、保田さんを守ってみせます」
「頼むよ」

 全く後藤の言い分に耳を貸すつもりはないらしい。
 保田は石川の頬にキスを一つ、トイレから出て行ってしまった。
 微妙に絶望感を覚えつつ、後藤はそれを見送った。

 しばらく。
 やがて、じゃぁーっ、と隣の個室から水の流れる音。
 ウソ!
 と、後藤はそれを冷や汗まじりに聞く。
 ゆっくりと、隣の扉が開いた。

「ごっちん・・・今のって・・・」
「よっすぃ〜っ!!」

 出てきたのは、吉澤だった。
 吉澤はまだ状況がつかみきれてないのか複雑な顔をしていたものの。

「お願いっ! よっすぃー。後藤に協力してくれないっ」
「え? あ、まぁ・・・」
「よっすぃーしか、後藤が頼れる人はいないんだよーっ」

 必死の懇願が利いたのか、吉澤は頷いてしまっていた。





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