〜 その14 〜 |
夜のコンビニの前で二人しゃがみこんで、肉まんつまみつつ作戦会議を開く。 吉澤は、後藤の決して上手とは言えない説明をいちいち「ふんふん」と頷きながら聞いた。 多重とか、信じてもらえないかなー、と思ったら。 意外とすんなりと理解してもらえたらしい。 「はぁー。なるほど。それで最近保田さんの周りで梨華ちゃんとごっちん、ばたばたしてたわけね」 「そうなんだよー。でも、後藤としては、ただ巻き込まれただけっていうか。被害者なんだよ」 まーでも、こうなると意地もあるし、黙ってるわけにはいかない。 吉澤はふぅ〜ん、と心底から大変そうな相づちをうった。 「で、具体的にはどうすればいいんだろ?」 「やり方はわかんないんだけど、とにかく今の変な圭ちゃんを引っ込めて、普通の圭ちゃんを出してもらえるようにしたいわけ」 「殴って?」 「それしか・・・うーん」 吉澤がぶつぶつと何か言いながら地面を引っかいた。 後藤は、何か妙案でも出るのか、と期待まじりにその様子を見ている。 「一番手っ取り早いのは・・・」 「何! 何か思いついた?!」 「うんっ! それが一番いいな」 吉澤は楽しそうに後藤の耳を引き寄せた。 こそこそ、と耳打ちをする。 後藤は、それを聞いた瞬間ぎょっと立ち上がりそうになってしまった。 「それは・・・かなり危険なんじゃ・・・」 「でも、要するに今の保田さんをこらしめないことにはなんにも始まらないんじゃない?」 「梨華ちゃんもいるんだし」 「じゃ、梨華ちゃんは先に潰す」 なんて大胆な。 と、いうか短絡的な。 今更ながら吉澤のぶっとんだ発想に後藤は汗を流してしまう。 「犯罪ギリギリ・・・」 「いーんじゃない? 結果さえよければ」 吉澤は肉まんの包み紙をくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に投げ込んだ。 後藤も一緒に立って同じことをする。 「でも、うまくいくかなぁ」 「だーいじょうぶだって。吉澤に任せておいて」 他に何か案があるわけじゃなし。 どんっ、と胸を叩いた吉澤を、後藤は少々の不安を残しつつ信じることにした。 * 「やぁっすださぁ〜んっ!」 スキップするような足取りで、それから数日後、吉澤は走っていた。 保田はちらっと目を上げてそれを見る。 「吉澤か。どうしたの? 随分機嫌よさそうだけど」 「ええっ! 最高ですよ。保田さんは?」 「あたしは、別に・・・」 実はちょっと欲求不満だった。 それから石川以外のメンバーになんとか手を出そうと試みてはみたものの、後藤と、影からの吉澤のアシストもあって、どれも最終局面に達する前の水際で止められていたせいだ。 まさかそんなことはあるまい、と思いつつ、かすかに吉澤に秘密が漏れている可能性を考え初めた頃でもある。 「もうっ! 元気出してくださいよ。保田さんがしぼんでると、吉澤まで悲しくなるじゃないですか」 「はぁ? ああ。そうなんだ・・・」 「特に、最近保田さんは梨華ちゃんとばっかり遊んでるし。寂しいんですよ」 ぱんぱん、と保田の肩を叩く。 前から不思議だったけど、なぜかこの吉澤には人格特有のフェロモンが通用しない。故意にそれにあてられないようにガードしているようにも感じる。 それが急に今日になってこういう態度に出られて、保田は内心疑問を持った。 「ふぅーん。あんた、あたしが構わないと寂しいの?」 「そうですよ。今まではごっちんがらみで何かと一緒にいてくれたのに。もしかして、吉澤のこと嫌いになっちゃったんですか?」 「そんなことは・・・ないけど」 浮き麩に興味を持ち始めた鯉、というところだろうか。 吉澤は手ごたえを感じつつ、保田の隣に座った。 笑顔でその手を取る。 「それで、お願いがあるんですけど」 「お願い?」 「はい。もし、保田さんが吉澤のことを嫌いじゃなければ、ですけど」 話だけは聞いてみようか、と保田は別にいいよ、と返事した。 吉澤は「やったーっ!」と手を打ち合わせる。 「今夜、吉澤に付き合ってもらえませんか?」 「今夜? また、急な話なんだね」 「ダメですか? 梨華ちゃんと先約とかあります?」 石川か・・・。 保田は思う。 もう約束とか、そういうレベルを越えちゃってるところもあるし。 たまには引き離すのもいいかもしれない。 「いいよ。せっかくの吉澤からの誘いだし。石川にはなんとか言っておく」 「そうこなくっちゃ」 ぱちん、と指を鳴らす吉澤。 本当に機嫌いいね、と保田が呆れ顔でつっこむと、へへへ、と微妙な笑いが返ってきた。 「じゃっ、終わったらタクシー口で待ち合わせしましょう」 「うん。それはいいけど」 「絶対ですよ! 来てくださいよ」 さっと席を立って同じようなスキップで部屋を出て行った。 どういう風の吹き回しだろう? と、保田は思うものの。 「ま、吉澤に限って。大丈夫だろ」 と、独り言で決着をつけてしまったのであった。 * ・・・そのころ。 一足先に仕事の終わった石川は、後藤に呼び出されていた。 話をするわけでもなく、なんとなくにらみ合って数分後、石川のところにメールが届いた。 保田からで、「今日は急用ができたので、そっちには行けないからたまには休みなさい」て内容のもの。 後藤が覗き込もうとす前に、さっと後ろ手に隠した。 「圭ちゃんからじゃないの?」 「そんなの・・・ごっちんには関係ないよ」 「信用ないなぁ。梨華ちゃん、後藤のことそんなに敵にしなくてもいいじゃん」 と、精一杯演技派の笑顔を浮かべる。 一瞬気を許しそうになるものの。 「後藤には、気をつけて。何か企んでるかもしれないから」 と、何度も言われていた保田の一言を思い出して首を振った。 そうだよ! ごっちんは、今まで保田さんのことになるといっつも自分の邪魔をしてきた存在なんじゃないか。 そんな気持ちの流れも予想がついたのか、後藤は悲しそうな顔になった。 「安心してよ。後藤さ、もう梨華ちゃんと圭ちゃんのことに首つっこむのやめることにしたんだ」 「え・・・?」 「本当はね、梨華ちゃんに嫉妬してたんだよ。圭ちゃんとあんまり仲がいいもんだから。けど、もう後藤が何かして変わるってもんじゃなくなったでしょ」 表情を明るくしつつも、まだ完全に言葉を信じたわけでもなさそう。 石川は後藤の裏を何とか読み取ろうと神経を尖らせる。 「圭ちゃんだってさ、今までのおとぼけよりも、今の方がかっちょいいっしょ? だから、それもいーかなーって。大体、今までが酷すぎたんだよ。そりゃ今よりも多少優しかったかもしれないけど、昔の圭ちゃんて、なんかぼーっとしてるし、頑張りやさんだったけど変なところでプライド高かったし。いちいち後藤のすることとか注意して、なんかうざかったんだよねー」 食いついて来い! 後藤は願いながらも、そのほかにもそれまでの保田(つまり、普通の保田)をわざとけなすようなことを続けて吐いた。 「・・・そんな圭ちゃんよりも、今の圭ちゃんの方が全然いいもんねぇ」 「そんなことない!」 ネタが尽きかけたころ、石川がようやく口を開いた。 後藤は心の中でガッツポーズ。 「保田さんは・・・確かにちょっととぼけたところがあったけど・・・。でも、すっごく優しくて、一生懸命で。何度も私のことを励ましたりしてくれてたんだもん」 「ありー? 梨華ちゃんて、今のカッコイイ圭ちゃんの方が好きなんじゃないのぉ?」 意地悪くそう言うと、石川は顔を赤くした。 さっきの発言は、思っても口にしたことのなかった種類のものだったらしい。 自分に混乱した様子で目線をうつむかせてしまった。 手ごたえ、あり。 「それは・・・今は、石川のことを『好き』って言ってくれるし」 「でも、もしかしたら普通の圭ちゃんだって、梨華ちゃんのこと好きかも・・・あっ! 余計なこと言っちゃったかなぁ」 「・・・」 後藤は自分を必死に制する。 ここで調子に乗ったら一気にダメになる可能性もある。 だから、ゆっくり、ゆっくり・・・。 たたみかけろーっ!!! 「せめて、もう一度くらい普通の圭ちゃんと話してみてもいいんじゃないかなぁ」 「う・・・」 「ねぇ、後藤思うんだけど。梨華ちゃんて、ひょっとして、圭ちゃんに嫌われるのが怖いだけなんじゃないの?」 びくっ、と石川が体を縮ませた。 大当たり! 後藤は警戒心が解けたらしい石川の肩をぽんぽんと叩く。 「はっきりさせた方がいいんじゃない?」 「けど・・・もし、保田さんが・・・」 「ダメならあの音鳴らせばいいだけのことなんだしさ。どのみち後藤としてはもうこの件には携わらないことにしたんだし。そうしてみてもよくない?」 石川はだいぶ迷っていた。 迷いすぎて、夜になっちゃうんじゃないかと思うくらいだ。 後藤は、そっと肩から下げたカバンの中をまさぐった。 「やっぱり! ダメ!!」 「ほえっ?!」 「私、保田さんと約束したの。絶対守るって。保田さんは、あたしだけを信用してるって」 ぽーん。 残念。タイムリミットです。 後藤は心から不憫に思って首を振った。 「梨華ちゃん。強情だね」 「ごっちん・・・?」 「ま、後藤だけで説得できるとは最初から思ってなかったけどさ」 石川が身構える隙も与えなかった。 早打ちの要領でさっとカバンからスプレーを取り出した後藤。 危ない国から直輸入の、即効性の睡眠薬だ。 ぶしゅーーーっ!! と、自分の口許を塞ぎながら思い切り石川の面前で吹きかけた。 げほげほ、とめいっぱい咳き込んでそのあとで。 「ご、ごっちん・・・」 「悪く思わないでね。でも、最後にはきっとうまくいくはずだから」 石川はがくっと膝をつき、うつぶせに倒れた。 煙が完全に収まるのを待って、後藤はよっこらしょ、と石川を背中に乗せる。 「よっすぃ〜。うまくいったかなぁ」 つぶやきながら石川を背中に後藤はタクシー乗り場に急いだ。 * 石川が目覚めると、そこは暗くて狭い場所だった。 僅かに漏れる光が行く筋も。広めのクローゼットの中だろうか。 椅子に座らされて、口にテープを貼られてる。手足は、もちろんがんじがらめ。 うーっ、うーっ、と響かない声を上げようとしたところで、隣にある積んだ布団から誰かがむくっと起き上がった。 恐怖に身を縮ませる思い。 けど、その人が最初に言った言葉は・・・。 「うぁ〜あ」 あくびだった。 緊張感なく、もそもそと布団の山から下りて、石川のそばに立つ。 薄暗いながらも見上げたその人は、忘れもしない、後藤。 「うーっ! ううーっ!!」 「落ち着いてよ。梨華ちゃん。後藤は、別に梨華ちゃんに危害を加えるつもりなんてないからさ」 と、テープの上から手のひらをあてて、耳を澄ました。 かすかに部屋の鍵が開いた音がする。 後藤は、そーっと、石川の座った椅子を動かして、扉のそばに移動させた。 自分もドアに並んで耳を近づける。 「これから起こること、ちゃんと聞いてた方がいいよ」 「うう・・・」 「おとなしく、ね。暴れたら、きっともっと面倒なことになるし」 納得できない目つきをしていた石川だったが、やがて部屋に入ってきた人の声を聞いて喉を詰まらせた。 後藤も、一言漏らさず聞こうと、耳を扉につける。 「へぇー。吉澤、こんなところ知ってたんだ」 「そうなんですよ。仕事遅くなったときとか、たまーに使うくらいなんですけどね」 隙間から見える足元とその声だけで、会話の主はすぐにわかった。 部屋の中央にあるソファーにどっかりと腰を下ろす一人と、「何か飲みますか?」って聞くもう一人。 やがて、ゆったりともう一人が二つのグラスを持って並んで座った。 「乾杯! ですね」 「そうだね。うん」 かちん、と音が鳴った。 不穏な空気が、部屋から溢れてクローゼットの中まで漂ってくる気配。 石川、後藤は身を寄せ合うようにして、薄い扉一枚向こうの吉澤と保田の動行を見守っていた。 「保田さん、もしかして酔ってます?」 「ちょっとだけね。けど、今あたしの隣にいるのが吉澤だってことは、ちゃんとわかってるよ」 保田は、笑顔で吉澤と向かい合った顔を指で下からなぞり上げた。 食事も終わって、かなりリラックスしているのか、保田も機嫌がいい。 「保田さん・・・」 「なんだよ。吉澤、ここまで誘っておいて逃げ腰?」 保田は吉澤の腰に手を回した。 |
SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 花 | 無料ホームページ ライブチャット ブログ | |