〜 その12 〜 |
「どうだった? 保田さんには会えた?」 差出人は吉澤だ。 後藤は保田からかと思ってたので、ちょっと残念にも思う。 とりあえずでも返事でも書いておこうかなー、と簡単にあらましを送り返した。 すぐに返事が戻ってくる。 「ごめんね。梨華ちゃんに口止めされてたから」 「そんなことないよ。どっちみち平気だったし」 「それならいいんだ。おやすみ」 最後の吉澤のメールを読んで、後藤は終わりにしようかとしたけど。 ふと、またもう一通が届く。 なんだろ、言い忘れたことでもあるのかな、と後藤はもう一度取り出す。 ぱっと見たその画面に、思わず後藤は動きを止めた。 「後藤。今までありがとう。これからは石川と付き合うことにするよ」 ・・・って。なんだよ! 後藤は何度も差出人の名前を見る。 そこにはまぎれもない「圭ちゃん」の文字。 ていうか、唐突すぎだっての! 何があったかもわからないのに、そりゃーないっての。大体、あたし圭ちゃんと付き合ったことなんてないんだし! むっとして後藤は行き場のない怒りみたいなもんをぶつけるつもりで画面を見つめた。 けど、そんなことしても誰かに気持ちが伝わるわけでもなんでもないし。 せっかく人が親切に心配してあげてたってのに。 むかーっ! * 「これでいい?」 保田は振り向いて不安そうに顔を向ける石川に聞いた。 石川は複雑な表情で小さく頷く。 さっき、いい感じでいたのに、ごっちんからのメールで雰囲気壊されたってのは確かなんだし。 保田は遠慮しいしいそれでもメールを開いたのだった。 「後藤ね・・・。あたしもどうしようかって思ってたんだ」 「そう、なんですか?」 半分はだけた胸元を押さえて不安げに石川は言った。 保田は涼しい目をしてその顔を触る。 「でも、保田さんは、保田さんでいられないんですよね」 石川は言った。 今はいい。いいけれど、明日になったり、またどこかに頭をぶつけたりしたら。 自分に同じように接してくれる保田はいなくなる。 後藤も同じ秘密を握っているだろうし、なかなかこうして会ってくれることもないだろう。 石川が懇願するような目を向けると、保田は額にキスをした。 「大丈夫だよ」 「えっ?」 「石川があたしに協力さえしてくれれば、そんなことなくなる」 「本当ですか?」 我が耳を疑う発言。 それは願ってもないことなので、石川はその「協力」とやらを二つ返事で承諾した。 保田は自分の頭を指差した。 「ここ」 「はい・・・」 「打ち所っていうか、頭へ響く音であたしは入れ替わるんだよ」 叩かれる角度と、それで入れ替わる構図を説明してくれたものの、そんな。 必死になってるときに、角度とかを調節して叩くのも難しいし。 「本当は、叩く必要もないってこと」 「じゃ、どうすればいいんですか?」 「思うに、あたしが出てくるときって、金属っぽい音がしたときなんだよね」 保田は細かく説明をして、石川にメモをとらせた。 それをなくさないようにしっかりとカバンにしまう。 「もし、この先あたしじゃないあたしが出た時には・・・」 「はいっ! この音を鳴らせばいいんですね」 「あとは・・・後藤があたしに攻撃しようとしたらそれをなんとか防いで」 「やります! 喜んでやらせていただきます」 石川は敬礼をした。 満足そうに保田はベッドに横になった。 嬉しげに石川が隣にもぐりこむ。 「じゃ、それを録音して・・・あ、あたしの分ももらってこれる?」 「はい。じゃあ、ミキサーさんにお願いしますね」 「頼んだよ」 保田が石川の顔を引き寄せて、まったりとしたキスをよこした。 この上なく幸せな石川。 これからはもう保田さんは石川のものですよ、と心の中で笑顔を浮かべていた。 * 翌日、さっそく後藤はやるせなさをぶつけるために保田のところに歩み寄った。 いつもと雰囲気が違う。 これは、まさに昨日自分に「お別れメール」を送ってよこしたやつだな、と後藤は瞬時に察知する。 「圭ちゃん! 話があるんだけど」 「うん? さて、何のことかな?」 ふんぞり返るようにして椅子に背中をくっつける保田。 後藤は歯ぎしりでもしそうな勢いで、その肩を押した。 「昨日のメールっ!」 「ああ。そうか。で?」 「で? じゃないよ。一方的にさ。大体ねぇ、自分勝手にもほどがあるよ」 はぁ、やれやれ、と保田は呆れきった顔で首を振った。 「じゃぁ、なんだ? 後藤は、あたしのことが好きで、それで怒ってるってこと?」 「そんな・・・。そんなこと、言ってな・・・」 そうだ! どうせ今そんな虚勢はってたって、弱気な圭ちゃんとか、不本意だけどHな圭ちゃんとかになったら、きっと慌てて自分に頭を下げるに決まってる。 「ていうかさ。今の圭ちゃんはたくさんいる圭ちゃんの一人のくせに、そんないばってるのは間違いだと、後藤は思う!」 本当に決定権のあるのは、「ノーマルな圭ちゃん」だけのはずっしょ? もっとも、その本人が一番事態を把握してないって気もするけど。 「浮気な圭ちゃん」(?)は、ああ、それね、とさもなんでもないことのようにそれをあしらった。 「今日からちょっとそれは違うことになったの」 「へ?」 「これからは、このあたしが本当の『保田圭』ってこと」 自信ありげに自分を指差した。 なんだろね。この態度。 後藤は怒りも絶頂に近くなって、手近なスプレー缶を手にとる。 「はぁ? 殴るの? あたしを?」 「そうだよ。今の圭ちゃんじゃ話にならないもん」 「やれるもんならやってみな」 後藤は振りかぶった。 こちらを睨みつける保田の顔に一瞬ひるみそうになるものの。 えいっ! と、思い切って頭に打ち下ろした。 保田が倒れる寸前に手もとのMDのスイッチを押した。 途端に、シンバルか何かを打ったような、不思議な音響がその場に流れた。 床に崩れ落ちそうになる保田が膝をつく直前に踏みとどまって。 ゆっくりと頭を撫でて起き上がった。 「で? 話の続きは?」 「・・・圭ちゃん?」 「そうだよ。だから、あたしが『保田圭』」 変わってない?! 後藤はびっくりしてスプレー缶を落とした。 痛そうに頭をさすりながらも、保田は優越感一杯な顔を後藤に向ける。 「そういうこと。だから、諦めてね」 「ま、待ってよ。それって、つまり・・・」 他の圭ちゃんは? ていうか、本来本物であるはずの圭ちゃんは?! 「そうだねー。まあ自分から出てくるってことはできないし。このまま永久的にあたしの中で眠ってもらうことにしようか」 「そんなっ!」 後藤が反論しようとしたところで、メイク室の扉が開いて石川が入ってきた。 保田さん! と笑顔で近寄ると、それを人目はばからず抱きとめて、こめかみに鼻をこすりつけた。 「梨華ちゃん。騙されちゃだめだよ。その圭ちゃんは、悪い圭ちゃんなんだよ」 「いい加減悪あがきはやめなって。もともと、この音源だって・・・ね?」 「そうです。石川が頼んで作ってもらったんですよね」 そ、そういうことになってるの? べたーっ、と体を寄せながら、二人はおそろいのMDを後藤の前で振る。 ずどーん、と目の前が暗くなった。 「梨華ちゃん! しっかり! そんなことしたら、今までの圭ちゃんがいなくなっちゃうんだよ!」 「今までの保田さん・・・」 「石川。よく聞いて」 石川が後藤の言葉に迷いを見せると、保田は落ち着いて石川の顎を持って自分に向けさせた。 「今までの『保田圭』は、あんたをちゃんと『好き』って言ってくれてた?」 「それは・・・」 「友達以上じゃないキスをしたり、抱きしめてくれたりした?」 まだ迷っているらしい石川に、保田はキスをした。 後藤は自分の目の前に起こったことにびっくりして思わず目を覆った。 離れると、とろんとした表情の石川。 保田は余裕ありげに、脇にかかえつつ後藤を見た。 「だから、これで決まり」 行くよ、と保田は石川の手を引いた。 後藤は慌ててそれにすがって声をかける。 「待ってよ! せめて・・・せめてもう一度圭ちゃん、普通の圭ちゃんと話がしたいんだけど!」 ぴた、と立ち止まって保田は首だけを傾けてそういう後藤を振り向いた。 にっこり、と穏やかに微笑みながら。 「やだね」 一言残して部屋を出て行ってしまった。 後藤は立ち尽くしたまま、しばらく呆然と動けないままだった。 * その保田は確かに大したやつらしい。 後藤は隙あらば攻撃を加えようと、横目に何度も保田を観察していたものの。 ・・・まるで付け入るところがない。 石川もそんな後藤を警戒しているようだし、二段構えじゃなかなか難しいところだ。 他のみんなもさすがにその変化に微妙に気づきはじめているのか、たまに「?」って顔をしてる。 矢口が休憩中に保田の顔をじーっ、と覗き込んだ。 「どうしたの?」 「なんかさ、今日の圭ちゃんはいつもと違うなーって」 「そんなことないよ。けど、どこが違うっての?」 「うーん。うまく言えないんだけど・・・落ち着いてるっていうか・・・」 ボケボケしたところがないのだ。 ものの言い方もすごく理路整然としてるし、気の利いたジョークも喋る。 矢口的には、いつものツッコミを入れる場所がないのがひっかかるらしい。 「圭ちゃんて・・・そういう性格だったの?」 「ま、そんなとこかな。けど、基本的には変わらないよ」 にやり、と笑って矢口頬に手をやった。 ぎょっと体を引こうとするものの、うまい具合に首を掴まれて動けない。 保田は開いている指で矢口の鼻先をつついた。 「けど、矢口が嫌ならちょっと違う態度にしてもいいけど・・・」 「そんな! むむむ、無理してまで変にすることないし」 矢口が赤くなってる。 自分でもよくわからないけど、今の保田に捕まると、妙な気分にさせられてしまうのだ。 ふぅん、と保田は鼻先の指を唇のところまで滑らせた。 「矢口は、優しいよね」 「やっ! 圭ちゃん、本当にな・・・」 「静かに。誰か来るかもしれないでしょ」 保田が顔を傾ける。 矢口は何がなんだかわからなそうではあったけど、反射的に目を閉じてしまった。 自分の指先の場所めがけて、保田がさらに距離を縮めたところ・・・。 「またんかーいっ!!」 「「うわっ!!」」 後藤が突進して二人の間に割り込み引き剥がした。 ふっとばされる勢いで矢口がよろける。 「やぐっつぁん! 騙されちゃダメだ!!」 「は? ご、ごっちん? 何言ってんの?」 「とにかく! ここを早く逃げて!」 どかんと矢口を押して、自分が保田の前に構えて立った。 邪魔をされたことに気を悪くしたのか、保田は眉をしかめている。 「今度は何?」 「ちょっと!! そりゃーね、こっちの台詞でしょ? 圭ちゃんは梨華ちゃんが好きなんだって、さっき言ったじゃんかよっ」 「ああ。あれね」 ちっとも悪そうじゃない。 保田は肩をすくめた。 「好きだよ」 「じゃぁ。今のはなんなの? 思いっきり迫ってたじゃんかよ」 「だから、矢口も好きなわけ」 こ、この理屈・・・。 てことはもしかして。 「ちょっとそんなこと言って。好きなら何人と付き合ってもいいとか思ってるの?」 「うん」 下手したら、これは「Hな圭ちゃん」よりもタチの悪いやつなのかもしれないぞ。 |
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