BODYTALK
〜 その9 〜




 もし、百歩譲って後藤がライバルだってことを認めるとしてもだよ?
 それってでも公平じゃないよね。

「保田さーん。帰りましょう」
「石川かぁ。何? それ、一緒にってこと?」
「いけませんか?」

 今日一日はなんとか普通の圭ちゃんでいてくれたみたいだ。
 つーか、後藤は一日目を離さないようにしてたから疲れたよ。

「どうかなー。今日、帰りにサウナ寄って行こうかと思ってたんだけど」
「サウナですか??」

 ちょっとひるんだようだった。
 梨華ちゃんあんまり好きじゃないって言ってたもんね。

「何? 圭ちゃん行くの?」
「あ、なっちも行く?」
「最近行ってないからどうしよっかな、って思ってたとこだし。一緒に行こうかな」
「あ、安倍さん。保田さんと行くんですか?」

 石川はためらいながらも慌てて自分も行く、と手を上げた。
 サウナー。
 どうしよっかなー。

「あ、じゃあ誰か他に行く人っていない? どうせだったらみんなで行こうよ」

 保田が突然そんなことを言い出して数人の顔を見回した。
 安倍が行くと聞いて矢口と、あと吉澤も小さく手を上げる。

「後藤は?」
「えー。今日、疲れたしなー」
「あ! 疲れてるならいいじゃないですか!」

 石川が横から口を挟んだ。
 その一言でちょっと気が変わる。

「よっすぃーも行くの?」
「うん。なんか大勢で行くのも楽しそうじゃない?」
「そっかー。じゃ、後藤も行こうかな」

 石川はぷう、と頬を膨らませた。
 あのね。誤解しないでほしいのよ。
 後藤は、もしかしたらみんなのことを守るために行くかもしれないんだからね。

 ともかく、そうして合計6人は一路お風呂へと向かった。
 何事もなく・・・済むかなぁ。

 歩き出そうとしてふと、後尾にいた石川と吉澤の会話が耳に入った。

「あり? 梨華ちゃんそんなのいつも持ち歩いてるの?」
「あ! やだーっ。よっすぃー勝手に見ないでよ!」

 後藤が振り向く前に、さっとカバンの口を閉めた石川は走って、保田の隣に並んだ。


 言うまでもないことだけど、こんなところでなんかあったらだたじゃすまないかもしれないところ。
 後藤は位置取りにも気を遣いつつ保田の背後にぴったりとくっつく。
 安倍と矢口がすっかり野次馬を決め込んでいるところで、保田が肩をすくめる。

「さっ! じゃああたしは先に行くよ」
「ま、待ってよ。圭ちゃん。もうちょっと・・・」
「は? だから中で待ってるってば」
「そうじゃなくてさ。ほら、危ないじゃん」

 ?
 けど、後藤は真面目だ。

「転んだりしたら・・・」
「あのね、あたしは子供じゃないの。そんな二十歳にもなってお風呂で転ぶなんてねぇ」

 と、勢いよく入口の扉を開ける。
 そのときよそ見してたせいで出てくるおばさんにもろにぶつかった。
 ふらっとよろけたところに、閉じてきた扉にがん! と、いい音がして衝突。

「けっ、圭ちゃん!!」

 脱ぎかけの服のまま後藤は慌てて飛んでいく。
 だから言ったじゃんか! ていうか、お決まりすぎだよ!

「う・・・うぅ・・・」
「平気? しっかりしてー!」

 その大げさな様子にさすがにぶつかったおばさんたちもちょっとは悪いと思ったのか、保田のところに戻ってくる。
 小さく人だかりができそうになってちょっとやばい雰囲気。
 保田はさっと手を差し出した。

「平気です。なんでもありません。すみません、ちょっとよそ見してて」

 笑顔で2人のおばさんに応える。
 おばさんたちが「平気?」って聞いて、「平気です」って。

「本当になんてもないんです。こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」

 礼儀正しくぺこっと頭を下げる。
 それで安心したのかおばさんは立ち去っていった。
 しかし、逆に安心じゃなくなったのは・・・。

「後藤も、ごめんね」
「え? あ、いやーそのー」
「あたしってやっぱりどじだよね。気をつけないと」

 にこー、と朗らかな顔。
 まさか、とは思ってたけど。

「後藤も早く脱ごうよ!」
「は。あー、そうそう」
「待ってるからさ」

 寒いはずだろうに保田は引き返してきて後藤のそばに座った。
 4人が不思議そうに見ていたけど、全然保田は平気そう。

 いいんだけどさ・・・なんつーか。
 やっぱ、ちょっとうざいかも。


 中に入ってからも、保田は後藤にべったりだった。
 後藤が止めなかったら裸なのに腕も組もうかと(あるいは抱きつこうかと)いう勢い。
 人前とか、考えないのかね。この人。

 そんなだからあとの4人はややそんな2人から距離をとるふうになった。
 矢口が一言かけようかとして近づいたとき。
 きっ!
 ・・・って、一瞬まじっぽい怖い視線飛ばしたってのもあるけど。
 文字通り小動物のごとく矢口はそれっきり保田には一番遠いところに行くようになってしまった。

「圭ちゃん・・・あのさ・・・」
「何? 後藤(はぁと)」
「ほら、せっかくみんなで来たんだしさ」
「え・・・。後藤は、あたしのこと、迷惑?」

 泣きそうな顔になった。
 梨華ちゃんじゃないんだからさ。
 あ、そういえば梨華ちゃんて・・・。

 後藤が見ると、マイペースな吉澤の影に隠れつつもちらちらこちらをうかがってるのがわかる。
 誤解! ていうか、うん。まあ。
 けど、ある意味これは梨華ちゃんのためなんだからね! と、後藤は自分に言い訳する。

「圭ちゃん。先にちょっと体洗おうよ」
「そうだね。あ、そこ二つ空いたよ」

 と、場所をとった保田に無理やり隣に座らされてボディーソープを取り出す。

「2人でこうしてお風呂に来るのって、初めてだね」
「・・・うん。(2人じゃないんだけどね)」
「また一緒に来たいなぁ」
「そ、そう?(ちょっとイヤかも)」

 余計に汗も出そうな会話をしつつそうして体を洗う。
 洗い始めてからは結構無口になっちゃったじゃん。

「圭ちゃん?」
「え?」

 ぱっと、一瞬胸を隠すような仕草を見せる。
 おいおい。

「背中とか、流さなくていい?」
「え? あ、いいよ! ほら! あたしもう終わったし!」

 そう言って、ざっと泡を流してしまった。
 あー。純情っすね(笑

「じゃっ。先にサウナ行ってるから」
「あー。うん」
「来てね、あとから」
「うん」
「絶対だよ!」
「・・・うん」

 やれやれ。
 後藤はつかの間の解放にややほっと胸を撫で下ろす。
 保田が消えて、こそーっと矢口が戻って来た。

「後藤。どういうこと? 愛されちゃってるじゃん」
「さぁー。後藤にもさっぱり」


 後藤が体を洗い終えて立ち上がる。
 一応矢口と安倍に声をかけたけど、矢口はまだビビり気味なのか丁重に遠慮した。
 安倍もそれに付き合う形で敬遠。
 吉澤は・・・っと、もう一人で勝手に湯船につかってるし。

 あり? 梨華ちゃんは?
 後藤はざっと洗い場を見回して見つからない石川に気がついた。

「おーい。よっすぃー」
「なーにー?」

 泳ぐようにして吉澤は後藤のいる湯船脇にまで来た。

「梨華ちゃん知らない?」
「あー。洗うまで一緒だったんだけど、先にサウナ行くって」

 なぬ?
 いや、しかしなんと無謀な!
 後藤は飛び上がらんばかりになってサウナを目指した。
 梨華ちゃーん。そんな怖いことしちゃいけませーん。
 と、思ってたんだけど。

 転ばないように気をつけながらヒノキの扉のサウナに向かう。
 厚いガラス窓の向こうに人影が見えた。
 入る前に、と後藤は覗き込む。

「!」

 会話そのものは聞こえないけど、そこに見えたのは後藤の予想とは大きく違ったものだった。
 というのは、2人は仲良く向かい合って何か話してるところ。
 保田が何か言ったらしく、そこでなぜか幸せそうに顔をそらした石川。
 また保田の口が何か動いて、石川の肩に腕を回した。

 後藤は慌てて中に飛び込んだ。

「なっ! 何?!」

 幸い、というかなんというか他には誰もいない。
 肩に触れそうだった保田があわててさっと手を引く。
 その時後藤は気がついた。

 石川は明らかに残念そうな顔をしていた。

「後藤か・・・。どうしたの? そんな血相変えて」
「じゃないっ! 圭ちゃん、さっき後藤と約束したじゃん」
「約束?」
「一緒にサウナ行こうって」

 言っても無駄かなーって思ったけど、保田はちっともひるまないで平然と手のひらをぽんと叩いた。

「あー。そうだっけ」
「そうだって・・・」
「それよりさ、そこ。閉めた方がいいよ。熱が逃げちゃうし」

 本当にそれまで「何もしてません」って態度だ。
 なんつー。ていうか、いつの間に。

「後藤もこっち来なよ。ほら」
「あ・・・うん」

 またどっかでぶつかったの?
 明らかに人格が入れ替わった圭ちゃん。
 これは・・・間違いなく昼間梨華ちゃんを口説こうとしてた人だ。
 面倒な時に面倒な人に。


 しーん、と我慢比べになりつつあるサウナ内。
 保田を真ん中に後藤と石川で挟むかたちで数分が過ぎる。
 砂時計が一周した。

 頭がぼーっとしかけるのを時々振って後藤は自分を奮い立たせる。
 ともかくここで後藤がいなくなるのはやばすぎる。

「あーのさーっ。圭ちゃん?」
「うん? 何、後藤」
「つかぬことを聞くんだけど、もしかして、さっきどっかで頭ぶつけた?」

 保田は明らかに「何言ってんの?」って顔をした。
 対照的にちょっと肩を揺らしたのは、石川。

「なんで? いや、ぶつけてないけど。どうして急にそんなこと聞くの?」
「いや、大したことじゃないんだけど・・・」

 梨華ちゃん?
 まさか?

 後藤はそれ以上は何も言わずにじーっと石川の様子を観察した。
 あんまりサウナ好きじゃないって言ってた割には中々出ようとしないところもなんか怪しい。
 三つ巴で熱さに耐える。
 けど、そろそろ限界に近い。

「圭ちゃん!」 
「うん?」
「本当に、ごめん!」

 後藤はがばっと体を起こすと、組んだ指も頭上高く、一気に保田の頭に振り下ろした。
 鈍い感触が手首の骨に響く。
 ぐらっと不意をつかれた保田はその攻撃をもろにくらって体を倒した。
 すかさず後藤はその腕に手を回してサウナの外に連れ出す。
 梨華ちゃん、ごめん!

 ずるずると保田をひきずるようにして出てきた後藤をみんながいぶかしげに見る。

「ごっちん? どうしたの?」
「あーっ。ちょっと我慢しすぎたみたいなんだよねー。誰か外で風に当ててくれない?」

 そう言うと、3人は駆け寄ってきて保田を守るように脱衣所に連れ出した。
 ふぅ、と疲れた後藤は床にどん、と腰を落とした。
 しかし、そんな安堵の間もつかの間。

「ごっちん・・・」

 はっと振り向くと、そこには後を追って来た石川の姿があった。
 やや深刻そうな顔つき。

「梨華ちゃん?」
「まさか、と思うけど、ごっちん」

 石川はちらっと保田の連れ出された方を見てから、こっそりと後藤を奥に誘った。
 水風呂のあるところだ。


 入った瞬間ひんやりと痺れる感じになる。
 それでも後藤が肩までそこにつかると、石川も後を追って来た。
 しかし、入ったっきり。

 後藤は入口を窺いながらも石川に目を向ける。
 そんなことないよね、って信じたい気持ちも半分あるけど。

「ねえ、梨華ちゃん。ちょっと聞くけど」
「何?」
「まさか、圭ちゃんのこと・・・」

 石川は答えなかった。
 黙って、自分の顔を手のひらで大きく拭う。

「ごっちんは?」
「はい?」
「保田さんのこと、もしかして知ってるの?」

 「知って」が今ひとつどういう意味かはわからないけど。
 後藤は曖昧に頷いた。

「『抜け駆けはなし』って、言ったよね」
「うん」
「あれはちょっと、ずるくないかな、って」

 それを言うならさぁーっ!
 後藤は、洗い場からサウナまでの間に保田が変わったことを思い出す。
 偶然にしてはできすぎてない?

「もしかして・・・梨華ちゃん、圭ちゃんになんか、した?」

 精一杯妥協した台詞だったんだけど、石川はものともしないようだった。

「言っておくけど、私の方が一歩リードしてるんだからね!」
「リード?」

 言う前に、石川は水を出て、入口に向かった。
 後藤はきょとんとしながらも、その持っているタオルの異変に今ごろ気がついた。
 なんか、妙に大きく膨らんでない?!

 走って抜けると、脱衣所の長椅子に横にされてる圭ちゃんがすぐに見つかった。
 タオルをかけられてるけど、明らかにのぼせて目を回してる様子だ。
 平気そうに見えたわりに我慢をしていたらしい。

「大丈夫ですか?」
「あー、うん。さっきよりも呼吸いいし。お店の人呼ばなくてもいいかな?」
「大丈夫です。私、もう終わったんで、保田さんのこと観てますから」

 自身ありげに石川が言った。あるいは、有無を言わせず。
 そこで安倍と矢口は立ち上がって再びお風呂に向かおうとする。
 吉澤は、やれやれ、といった感じ。

「ごっちん? 行こうよ。梨華ちゃん観てくれるって・・・」
「そ、そういうわけにはいかないよ!」

 後藤は思わず大きな声で言ってしまった。



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