〜 その10 〜 |
またしても三つ巴。 裸タオルの保田の前に、石川と後藤が並んで座る。 「梨華ちゃん・・・」 「何? 何か言いたいことでもあるの?」 「ていうか、聞きたいこと」 声をかけても後藤を見向きもしないでまっすぐ保田を見ている。 額に乗せたタオルを確かめて、取り上げると洗面台に向かった。 冷水でひたしてまた戻ってくる。 「何?」 「だからさ、梨華ちゃんて、知ってたの?」 「知ってるって?」 「圭ちゃんの秘密・・・」 石川は正座になった。 後藤はもしかしてって少し気分が高鳴った。 ねえ、これって、チャンス? 「秘密って、なんのこと?」 「とぼけなくってもいいよ! 後藤もね、知ってるから!」 後藤はいきなり喜んで声を上げる。 そうそう! そしたらこれで後藤もお役御免じゃん! おしまいおしまい。 「圭ちゃんてさ、あれでしょ? たじゅー」 「多重? あ、そっか。そう言うんだ」 後藤が言うと、石川が反応した。やっぱり! 知ってるんだ! 「でさ、梨華ちゃんは、圭ちゃんのことが好きなんだよね」 「うん。そうだよ」 「それってさ、どの圭ちゃん?」 「保田さんは・・・保田さんでしょ?」 「でも、ほら圭ちゃんていってもいっぱいいるじゃん」 きっと知らない人が見たらおかしいと思うんだろうな。 だけど後藤はこの上なくまじめです。 「えっと・・・あの、ちょっとキザで・・・優しい・・・」 「やっぱりねーっ。後藤もそうじゃないかと思ったの。あれでしょ、『浮気な圭ちゃん』」 「浮気ってなに!!」 「(やばっ)いや、そういう意味じゃなくって」 梨華ちゃんの前で、一体どんな会話してんだよ! 圭ちゃん! 後藤は他の言い方を考えるけど、どー考えても、あの圭ちゃんは・・・ 個人的にお勧めできる圭ちゃんじゃないよね。 「わかったから。うんじゃま、あと圭ちゃんのことは、梨華ちゃんにまかせていいってことだよね」 「・・・え?」 「後藤さ、もう疲れちゃったよ。いちいち変な圭ちゃんに付き合ってられないっての」 と、後藤が言った時。 「何だって?」 むくっと、圭ちゃんが体を起こした。 額に乗せてたタオルが滑って落ちる。 2人は突然のことにぎょっとして、抱き合わんばかりだった。 「あんたたち! 人のことなんだと思ってんの!」 圭ちゃんだ・・・。 神妙になおる2人になおも怖い視線を投げる。 「あのねー。あたしは何も望んでこんな体になったんじゃないっつーの! つか! 後藤!」 びくっと、後藤は体を揺らした。 にやっと口許をゆがめた笑い。この圭ちゃんて、もしかして・・・ 「石川。あんたには悪いけどね」 「や、保田さん・・・」 「後藤、なかなかいいんだよ。あたしは、後藤が好きだね」 ぐいっと、顎を持ち上げられる。 この感じ。最初圭ちゃんの異変に気づいたのと同じ感じ。 これは・・・この口調といい。 「わかった? 石川」 「え? ・・・あ、はい・・・」 きょろんと目を向ける梨華ちゃんの前で、圭ちゃんは後藤の口の脇にキスをした。 後藤の方がびっくりしてしまう。 しかし、石川もそれでひるむような輩ではなかった。 タオルの中からさっと何かを取り出す。 振りかぶるとすぐに保田に振り下ろそうとする。 しかし! 「あんたも、同じ手は使わない方が身のためだよ」 「・・・うっ」 「残念だったね」 頭に打ち下ろさせる直前、保田はそれを手首ごとつかんで制止させていた。 後藤が見たのは、なんていうか・・・期待はずれで原始的な・・・。 保田が握力を強めると、石川は耐え切れずに床に落とした。ごとん、と重みを教える音がする。 小さな木槌だった。 「ほかのあたしにゃぁどうかしらないけど、あたしが出たからにはそう簡単に潰されないね」 よくわからない言葉を吐いて、保田が床に落ちた木槌を蹴った。 おもしろいように床を滑って、角で跳ね返った。 「後藤。しかしあんたがそんな中途半端な気持ちでいたとはね」 保田が非難めいた目で後藤を見た。 うひゃー。怖っ。 「いい加減覚悟を決めて付き合ってみようって気にはならないの?」 「なんない。なんない」 「ふん」 けど、なんかそういう後藤の反抗的なところを楽しんでる節もなきにしもなんだよね。 今だってそんなに機嫌悪そうじゃないし。 「まあ、あんたの気持ちなんて大した問題じゃないか」 「ちょっと。それどういう意味?」 「そういう意味だよ」 「人でなしー。極悪人ー。鬼畜ー」 「ほめてんの? それ?」 にやにやとタオル一枚で足を組みなおした。 いかにも悠然と構えて後藤を舐めるように見る。 「いいね。そういう格好も」 「は? あ? な、なんだよ。そんな目で見ないでよ」 「ちょっとこっち来なさい」 「やだよー。どこ行くんだよー」 「あっちに確か簡易休憩室があったはず」 「待てってば。うわーん」 それでも無理に引きずって洗面所の奥に行こうとしたとき。 不意に背後から殺気を感じた。 影が目にかかる直前に後藤がさっと体をそらす。 保田が振り向こうとした直前、びったーん、と肌の床に倒れるのに巻きこまれた。 壁にまで飛びのいた後藤がそこに見たものは。 洗面所から渾身の力をこめてダイブした石川が、保田ともつれ合って倒れる様子だった。 二人とも打ち所が悪かったのかきゅぅ〜っと目を回してしばらく起き上がらなかった。 と、とにかく助かったらしい・・・。 * 上がってきた3人はびっくりしたけど、よりにもよってこんな公衆の面前で二人を放っておくわけにもいかず。 伸びてる二人に服を着せて、タクシーに放り込んでしまおうという話になった。 まったく、梨華ちゃんも必死だったとはいえ、なんてあられもない姿に・・・。 荷物をかわりにまとめてあげる途中で、ふと壁の隅においやられた木槌をみつけた。 普通大工さんが使うようなものよりもやや小ぶりで、作りもしっかりしてる。 しかし、どこで秘密を知ったんだろう。 「ごっちん? 何持ってるの?」 「あ、いやなんでもないし」 よっすぃーに言われて慌てて梨華ちゃんのカバンに投げ込んだ。 いくらなんでもごまかすには不自然な品物だ。 追求されないようにさっさと伸びた梨華ちゃんの肩にくくりつける。 「タクシーまだ?」 「さっき電話したからさ。あ、来たって」 矢口の言葉を合図に4人がかりでずるずると二人を出口に運ぶ。 顔だけは通ってる受付のお姉さんが苦笑してた。 と、暖簾をくぐるあたりでなっちが後藤を制した。 「ごっちん。その格好で出るのはまずいっしょ」 「へ? あ、そっか」 後藤は慌ててたのと二人から目を離さないように気を遣ってたのもあってまだ一人ローブ姿のままだった。 確かにこれより先はまずい。 「じゃ、二人乗せたらここに戻ってくるから」 「うん。それまでに後藤も出る準備しとく」 と、背中を見送った。 まあ、あそこまでやっとけば平気だよね、と後藤は一息ついて言われたとおりに着替えをする。 まだ髪の毛も乾いてなかったけどめんどくさいからいい。 再び戻った出口で暖簾をくぐると、ちょうど三人が戻って来たところだった。 「大丈夫だった?」 「うん。運転手さんもわかってくれたし」 「家に着いちゃえばどーってことないっしょ」 「うんうん」 風呂上りに何か飲もうかって話になって、近くの自販機で思い思いに買うと、並んでベンチに座った。 何があったか聞くより先にみんな突然のことに疲れているのかあまり言葉がなかった。 後藤は間接的にしろ迷惑をかけてしまったことを取り繕って自分から話を始めることにする。 「のびた人って重たいよね」 「うん。矢口初めてそんな人持ったよ」 「でも、圭ちゃん二度も気絶するなんて、よっぽど疲れてたんだねー」 「そうそう・・・」 ほっ。 なんとかそういう方向で落ち着いてくれたんならいいんだ。うん。 脇にいた吉澤がぼそっと、「でも大丈夫かなー」とつぶやいた。 「平気平気。どうせちょっとお湯にあたっただけなんだし、家でゆっくり休めば問題ないっしょ」 「そうだといいけど・・・」 「あれ? そういえば」 後藤は、三人そろって戻って来たことに今気がついた。 それって、まさか・・・。 「ねえっ! みんな!」 「どうしたの? ごっちん。急に」 「落ち着いてる場合じゃないっしょ。まさか、のびてる圭ちゃんと梨華ちゃんをそのままタクシーに乗せて来たの?」 そりゃいくらなんでも酷すぎない? って勢いで後藤は聞いたつもりなんだけど。 お互いに顔を見合わせて「なんのこと」ってなくらいで。 「ああ、そのことね。大丈夫だよ。平気」 「な、な、何を根拠に?!」 「だって梨華ちゃんがさ」 「うん。石川が」 「石川が、『私が責任をもって保田さんを送ります!』って」 後藤はくらっときた。 はい? だって、梨華ちゃんは一緒にのびてたんじゃないの? 「それがさ、この建物出たと同時くらいに」 「そうそう。いきなり目が覚めたらしくて元気になってさ」 「だから、私たちも大丈夫かなって」 そういうことなんですか・・・。 後藤は自分がカバンに詰め込んだ木槌のことを思って頭痛がした。 てことは、つまりだよ。 「・・・一緒のタクシーに乗ったんだ」 「そうだけど・・・なんか、そうしちゃ悪かった?」 「悪かないよ。うん。全然」 今ごろ何してんだよ! そう思ったら急にそわそわしてくる。 後藤は飲み残したお茶を一気に終わらせてカバンを持った。 「あり? ごっちん、もう帰るの?」 「ちょっとね。あ、いや。大したことじゃないけど」 なんだよー。 結局そういうことだったのかよってね。 後藤は走ってその場を出ると慌ててタクシーをつかまえた。 とにかく! 今梨華ちゃんの気持ちがどうなのかわからないのにそんなことになるのは危険すぎる。 走る走る、夜の街。 みるみる走ってあっという間に圭ちゃんの家の前。 言っておくけど、これは圭ちゃんのことをどうとかじゃなくって、梨華ちゃんの身のことを考えてのことなんだからね。 梨華ちゃんの気持ちはともかく、騙されてるってのは確かなんだから。 と、今更ながら後藤は言い訳をする。 走って走って圭ちゃんの部屋の前へ。 急いでピンポン、とチャイムに飛びついてみるものの。 まるで反応がない。 もう一度。加えてもう一度。 なんで反応ないんだよー。 後藤は、それでも何度も諦めずに誰かの反応があるのを待った。 けど、出てきたものといえば。 「ちょっと! うるさいですよ。こんな夜中に」 「・・・すみません」 隣の人の冷たい反応。 後藤はまさかなー、と思いつつ尋ね返してみる。 ここの人って、帰ってきてましたかって。 「さぁー。でも、全然気配ないから、まだなんじゃない?」 「そうですか。どうもっ」 梨華ちゃん。もしかして私のこと警戒してどこかに逃げたな?! 都内のどっかのホテル? それって、数が多すぎない?! |
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