BODYTALK
〜 その8 〜




〜 3部 〜


 それから数日、圭ちゃんに会わない日が続いた。
 ただたんにスケジュールの都合だったんだけど、それ以上に変な警告をされてしまったので、望んで会おうとしなかったってのもある。
 そんでもメンバーだからいつまでもそうしてるわけにもいかないわけで。
 久しぶりに全員がそろう日、後藤は廊下を歩いていた。

「ごとうーっ!」

 つくったような高い声。
 振り向く間もなく、後ろからどさっと何かに覆い被さられた。

「ひさしぶりー。あーん、寂しかったよぉ」
「むぐっ」

 後ろから首を締め上げるような強烈な抱擁だった。
 後藤はかなり本気でもがいて、なんとかそこから脱出を試みる。

「圭ちゃんじゃん。どうしたの? 随分早いね」
「えー? だって、後藤と会えるんだし、早起きしちゃったから」

 なんか前よりぶりっこっぽくなったよーな。仕草とか、言葉とか。
 これが「恋する乙女」ってやつなんですか?

「いやー、忙しかったもんね。ここんとこ」
「そうだよ。全然連絡くれないし。心配してたんだよ」
「あー。そっか。ありがと」

 と、いうような話をしていたとき。

「ごとうさーん」
「あ。加護」
「この間言ってた本、持ってきましたよ」

 加護が割って入ってきた。
 多分、いやぜんぜんそんなつもりないんだろうけど、2人の間に入りこむようにして後藤の腕にぶら下がる。

「早く行きましょーよ」
「あ・・・えーと、その・・・」

 後藤がぐいぐい引っ張られるまま廊下を進んでしばらくして。
 そこで気になって保田を振り向いた。

「!!!」
「後藤さん? どうかしましたか?」

 加護が振り向いたときには元に戻ってたけど。
 確かに見た。
 背後の保田は、さきほどまでの機嫌のよさはどこへやら、まるで般若のような恐ろしい形相をしていたのだった。

 ささー、と背中が冷たくなって、後藤は加護と一緒に逃げるように部屋の中に入った。

 もしかして、圭ちゃんが言ってた「気をつけなさい」って、このこと?
 後藤は喜びいさんでマンガ本を積み上げる加護を見ながら複雑な心境だった。
 でもさ、だって加護って全然そういうことないじゃん。

 ・・・って、言い訳しても通じないんだろうな。

 しばらく話をしていたものの、なかなか圭ちゃんが入ってこないのが余計に気になる。
 泣いてる、とかだったらかわいいもんなんだけどさ。
 後藤は適当に言い訳をつけて廊下に出てみた。
 ちょっと警戒して顔だけ出して、人影がないのを見て取るとひょいっと体を出す。

「おーい・・・圭ちゃーん・・・」

 返事がない。
 さっきは廊下曲がってすぐのところにいたんだから、遠くには行かないと思うんだけど。
 しばらく歩いて進むと、誰かの話し声がした。
 うーん? とやっぱり警戒しながら探りを入れる。

「・・・ですか? 保田さん」
「あ、うん。もう全然」
「よかったー」

 梨華ちゃん?!
 後藤はびっくりして一度顔を引っ込めた。
 人のいない喫煙所脇の椅子に座って、保田はタオルで頭を押さえていた。
 石川はそれを見下ろすかたちで向かい合っている。

「そろそろいいんじゃないですか? 見せてくれます?」
「うん。じゃぁ・・・」

 タオルをとった保田が上を向いた。
 石川が顔を覗き込む。

 だぁーーーっ!
 今度は何? どうなってんの?

「どう? 傷になってる?」
「いいえ・・・。大丈夫みたいですよ。痛みます?」
「ちょっとだけね」

 石川が額に当ててた手を離しかけたとき、下の保田が手首を握り返した。

「ごめんね。迷惑かけちゃって」
「そんなこと・・・ないです」

 ぽっと顔を赤らめた石川。
 この展開はまさか・・・。

「最近ちょっと冷たかったかなって思ってたんだけど」
「あ・・・いえ」
「けど、石川はあたしに優しいからさ。ちょっと今日安心しちゃった」

 保田は石川の手を引き寄せて自分の頬にあてた。
 石川も全然逆らわない。
 逆らうどころか、雰囲気に完全に乗っちゃってるし。

「あんまりこういうことって素直に言えないけど・・・ありがとう。石川」
「保田さん・・・」

「ちょっ! ちょっと待ったーーーっ!!!」

 後藤は飛び出してしまった。
 つーかっ! それ以上はこんなところでやっちゃダメ!

「ご、後藤?!」
「圭ちゃん! こんなところで何やってるんだよ!」
「何って。いや、そこで転んじゃったからさ。ね? 石川?」
「あ、は、はいっ」

 まるでそれまでは普通の会話をしてたかのような保田の態度。
 後藤はつかつかと歩み寄って軽く睨みつけた。

「ご、ごっちん。これはね、その。なんでもないの。その、本当にそこで保田さんが頭ぶつけて痛そうだったから、その・・・」

 しどろもどろに言い訳する石川。
 いや、責める気はないっつーか。
 責めるべきなのはむしろ。

「あ! しまった!」
「どうしたの? 圭ちゃん」
「どうしました? 保田さん」

 同時に後藤と石川が顔を見合わせる。
 と、保田はそばに置いてあった自分の荷物を取り上げた。

「やばっ。あたし、玄関のところに手袋置き忘れて来ちゃった。じゃっ、そういうことで!」
「あ! 待て! 圭ちゃんっ」
「保田さん。待ってください」

 まだ同時に言ってしまったことで見せた隙をついて、保田はダッシュをかけた。
 軽快な動きで素早くその場を立ち去ってしまった。

 残された後藤と石川。
 かなり居心地悪そうに、石川はもじもじと指を動かしていた。

「あ・・・あのさ、梨華ちゃん」
「ごめんね。ごっちん」
「いや、謝るところじゃないけどさ。あたしが言いたいのは・・・」
「本当にごめん!」

 と、深く頭を下げると、今度は石川が飛んで後ろに走って行ってしまった。
 あー。だからそうじゃなくってさーっ。

 しばらくして再び集合したときには、また別の圭ちゃんになっていた。
 つーかっ、なんとか普通の圭ちゃん。

 石川もどうにかして自分を取り戻したのかいつもの調子でみんなと話をしている。
 ただ、後藤と目が合うのを意識的に避けてる感じはしたけど。

 後藤は人の輪を抜けて腕組み。
 ますますわけがわかんなってきたから、状況を整理する必要があるかも。
 まず、弱気な圭ちゃんは、後藤のことを好きなわけだ。
 で、前までフェロモン圭ちゃんだと思ってたやつは実は「浮気な圭ちゃん」だったわけで。
 Hな圭ちゃんは一応後藤のことを好きだとは言ってるけど、いまひとつ信用できないっていうか、頼りになんない存在で。

 今後の方針を練ってみる。

 まずは、危険人物ってわかったのは先の2人(?)なわけだから、その2人が出たときは特に行動に注意する必要がある、と。
 弱気な圭ちゃんは普段は弱気だけどもしかしたらおっかない人になる可能性もあるし。
 それはでも、後藤がうまくあしらえばなんとかなるかな?

 問題は浮気な圭ちゃんだよねー。
 さっきの梨華ちゃんだって後藤が止めなかったらどうなってたかわかったもんじゃないし。

 なんか、コブラとカエルとマングースのパズルみたいだな。これ。
 このさい、危険を覚悟で協力者を考えてもいいかもしれない。

 後藤はちらっと石川を見た。
 と、石川がまたさっと目をそらした。
 向こうもこっちを何気にうかがってるのはわかってた。
 思い切って行動してみよう! と、後藤は石川のところにまっすぐ向かった。

「梨華ちゃん、あのさ」
「な、何? ごっちん」
「ちょっと話があるんだけど、いい?」
「え・・・その・・・」

 真剣な目つきに吉澤がひゅう、とちゃかして口笛を吹いた。
 気づいた保田も振り返る。

「告白でーすかっ?」
「ちょっ・・・何言ってんの? よっすぃ〜、やめてよ」

 と、石川が保田の方を見た。
 いつものことでしょ、ってあんまり気にもならないみたいな保田。
 後藤は苦笑い。

「そんな時間とらせないからさ。お願い!」
「え、っと。あ、うん」

 ともかく、今の圭ちゃんはそんなに危険度が少なそうだし、今しかチャンスがないって思ったから、後藤は急いで石川を引っぱった。
 誰もついてこないことを確かめて、そっと通路の影に隠れる。

「どうしたの? ごっちん」
「うーんと、さ。いや。梨華ちゃんに聞きたいんだけど・・・」
「うん」
「圭ちゃんのこと、さ」

 ある程度覚悟できてたのか、石川も真剣な顔になった。

 あのね。
 後藤もそんなイジワルでこんなこと聞くんじゃないんだよー。
 ウソっぽいかもしれないけど、一応梨華ちゃんのためを思って言うわけ?
 ・・・って、わかってもらえないかなー。

「まさか、って思って聞くけど。梨華ちゃんて、圭ちゃんのこと、好き?」

 石川は数秒間をおいて、それから小さく頷いた。
 だぁーっ。おそるべし! 浮気な圭ちゃん。

「じゃあ、なおさら。これから後藤の言うことよく聞いて欲しいんだ。これは、冗談とかそういうんじゃないから」
「・・・うん」
「圭ちゃんには、あんまり深入りしない方がいいよ」

 言ってから気がついた。
 全然説得力がない。
 けど他にどういう言い回しをすればいいのかさっぱりわかんないし。

 後藤がそれでももっと気の利いた説明をしようと頭を悩ましている間に、今度は石川の方が質問を投げかけてきた。

「じゃあ、私からも聞いていい?」
「へ? あ、うん」
「ごっちんは?」
「うん? あたしぃ?」
「ごっちんは、保田さんのこと好きなの?」

 はぁーーーーー。
 そっか。それは全然考えてなかった。
 まあ、しちゃったってことは変わりないんだけど。
 好きって、うーん。どうだろ?

「えーまー。好きって言われると・・・うーん。好きなのかなー?」
「だったら・・・」

 石川はぐっと下から見上げるようにして後藤を見た。
 おいおい。そんなマジにならんでも。

「私! そんなよくわかってるわけじゃないけど。ちゃんと保田さんのこと『好き』って言えるよ!」
「あー。うん。そうなんだー」
「だから・・・そんなふうに・・・」

 圭ちゃんじゃないけど、後藤も自分の内側から声が聞こえた気がした。
 後藤! そろそろ気持ちを決めるべきなんじゃないかよ! って。
 ・・・とりあえずは黙殺。

「ごっちん。わかってないよ!」
「え? わかってるよ。後藤はだって」
「わかってない!」

 あー。突っ走っちゃった。
 後藤は自分の言葉が足りないのをまた歯がゆく思う。

「でも、これではっきりしたね」
「何? 何がどんなふうに?」
「抜け駆けはなしだよ」

 石川はスポーツマンシップあふれる笑顔で後藤に手を差し出した。
 そんで、思わず差し出した後藤の手を握り返されてしまった。



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