〜 その7 〜 |
さんざんイジワルして。あんなこととかこんなこととか。 そしたらいきなり泣き出しちゃったりするしさぁ。 「圭ちゃん? どうしちゃったの? ねえ」 「だって・・・だって後藤が・・・」 「そんなにイヤだったの? えぇー?!」 さすがにちょっと悪いことしたような気分になって、後藤は保田の頭を撫でた。 保田はしゃくりあげながら毛布を胸のあたりで巻いている。 「ごめんね。そのさぁ・・・だって圭ちゃんが・・・」 「うえーん。ひどいよー」 声をあげて泣き出した保田をなだめつつ、後藤は頭を抱きしめた。 保田はそれを拒むでもなく抱きつき返してくる。 なんだ、嫌いになったってわけじゃないのね。 「泣くことないよ。ね? ほら、後藤だってそんな半端な気持ちで圭ちゃんにこんなことしたんじゃないんだし」 「・・・うう・・・」 「圭ちゃんがかわいいからさ。ね?」 「・・・ごとうー」 あーもう今更なんだけどさ。 これって圭ちゃんなわけ? ちっとも芝居くさくないんだけどさぁ。 保田はとびつくようにして後藤にしがみついて、えーんえーんとまだ泣いている。 あのさばけた圭ちゃんも怖いけど、こっちも・・・ねぇ。 「今『迷惑だな』とか思ったでしょ?」 「(はっ!)いや! そんなこと、全然?」 「きっとあたしのことなんて遊びなんだ。そうに決まってる」 「違うってばぁ。後藤は、ちゃんと圭ちゃんが好きでぇ」 「本当!?」 保田がぱっと顔を赤くした。 ・・・うーん。待てよ、これって。 「圭ちゃんは?」 「え?」 「後藤のこと、これでもう信じられない?」 「うんと・・・少しだけど・・・でも・・・」 「後藤は信じて欲しいんだけどなー」 「信じてるよぉ。後藤のこと、好きだもん」 ストレートな性格でよろしいこと。 後藤はまだ不安そうな保田にもう一度「好きだよ」ってささやいてみる。 「じゃあさ、こうしよ。ね? 今日から、後藤と圭ちゃんは恋人同士ってことで」 「こ、恋人?」 「うん。両思いなんだから、いいでしょ? ダメ?」 ぶんぶん、と保田は頭を振った。 後藤はちょっとだけかわいいな、って本気で思ってしまった。 「けどさぁ・・・ほら、みんなにばれちゃうと、色々とめんどくさいこととかあるじゃない?」 「・・・うん」 「だからさ。これはしばらく2人だけの秘密にしようよ」 「秘密?」 「後藤からは誰にもばらさないから。圭ちゃんは?」 「・・・うん」 「よし! 決定ね」 自分で思うのもなんだけど。 後藤、自分男に生まれてたら相当悪いことしてたような・・・。 同じか。 「約束」 「うん。約束だね」 指きりなんかして。 圭ちゃんもやっと落ち着いてくれたみたいだ。 「でさ、圭ちゃん」 「何? 後藤」 「もうちょっと・・・その、さ」 「へ?」 顔を近づけて、不意打ちみたいなキスをする。 慣れてきたのか、だいぶ最初のときよりも緊張が緩んでる。 この圭ちゃんもいいけどね。 「あのさぁ・・・圭ちゃん。ちょっと聞きたいんだけど・・・」 「何? 何でも聞いて」 「もしさ、今の圭ちゃんが、実は本当の圭ちゃんじゃないとかって・・・わかる?」 押し倒した腕の下で、保田はきょろっと目を向けた。 一瞬「やばっ」とか思いそうな勢いだけど。 すぐに圭ちゃんは笑った。 「やだなぁ。後藤、何言ってるの? 急にそんな、さ」 「そうだよね。そんなわけないよね」 「そうだよー。だったらさ、本当じゃないあたしは後藤のことが好きじゃないみたいじゃん」 実際そうなんだけどね。 苦笑しつつ考えるのがめんどうなのでまたキスをした。 とりあえず、作戦は予想以上に大成功というか。 とにかく圭ちゃんの一人は抱きこむことに成功したってわけだ。 頭を打たないように注意を払いながら、ゆったりと体に触れ合った。 違和感があるような、ないような。 「あのさ・・・後藤」 「うん? 何? 痛い?」 「そうじゃないけど・・・ねえ、一つ、言ってもいい?」 指を止めた後藤の肩に保田は「の」の字を書く。 「あたしのこと・・・裏切らないでね。お願いだから」 「なっ! そんなことしないよぉー」 「そうだよね」 圭ちゃんは半分冗談ぽく、付け足した。 「もし、裏切ったら、自分でも何するかわからないから」 あははは。 笑えないね。 翌日、寝不足のせいであくびが出た。 涙がこぼれるくらい強烈なやつだ。 よっすぃーあたりが、どうしたの? って話し掛けてくる。 「ごっちん、眠いの? なんか悪いことでもしてるんじゃないのー?」 「は? 悪いこと? いやー。とんでもないっすよ」 「そう? 非行に走る前に一声かけてよね」 どこまでがジョークなのやら。 そんなデンジャーな会話をしながらみんなを待つ。 今朝までいるともしかして違う圭ちゃんが来て恐ろしいことが起きそうな予感がしたので、圭ちゃんが起きる前にさっさと部屋をあとにしたのだった。 にしても。遅いなぁー。 「電車でも遅れてるのかなぁ」 「そんなことないはずだよ。さっきニュース見たけど」 「そう?」 言いつつ部屋のテレビをつけた。 そこでは朝のニュースも終わって、全局ワイドショーって感じだ。 芸能関係も流し尽くしたところで、教養ウンチク系のコーナーになった。 いつもはちょろっと気にして流すべきところだ。 しかし・・・。 「あ!!」 「へ?」 「よっすぃー! ちょっと変えるの、待って!」 言ったところは、現代人の精神構造みたいなことを特集している。 おもしろくないので変えようかとしていた吉澤は指を止めた。 ・・・・・。 「はぁー。犯罪者とかだけかと思ったら、そうではないんですね」 「実際こんなに大勢の方が認識を持っているというアンケートですからね。驚きます」 「どうですか? 先生。この結果は」 「・・・そうですねー。私のところに相談にいらっしゃる患者さんでも、同じようなことを言う方は多いんですよ。実際これをごらんになっている方の中にも当てはまることが多いんじゃないでしょうか」 「それだけ身近なこと、ってことですね」 「では、さっそく今日の『まるまるチェック』! テレビの前のみなさん。紙と鉛筆のご用意はよろしいですか?」 ・・・・・。 「・・・うそぉ」 「へ? ごっちん? どうしたの? はい、鉛筆」 「あ、ありがとー」 画面に出てきたのは、簡単な性格診断みたいな項目だった。 吉澤はわりと真剣に○×をくれている様子。 後藤は聞きながらも保田のことを思い出していた。 自然、項目も自分のことではなく。 ・・・・・。 「チェック1。人から何かを言われたり、頼まれたりしたことなのに、まるで覚えがないということがよくある」 ・・・○、と。 「チェック2。鍵のかけ忘れや置忘れなど、特にぼんやりしていたわけでもなくてもよくある」 ・・・。 「チェック3。自分で何をしたわけでもないはずなのに、人に好かれたり嫌われたりしていたことがある」 ・・・。まんまじゃん。 約12項目ほどのテストを終了して、解説にうつった。 吉澤は半分以下だったらしいけど。 「ちょっと! ごっちん、それって」 「は? あ、これ? 違う違う。これ、後藤のことじゃないよ」 後藤のメモ用紙には、100l肯定の印がついていたのだった。 吉澤が慌てて解説を見る。 「さて! では○が9個以上ついた方ですが。・・・これはどうですかね。先生」 「はい。今すぐにでもカウンセリングを受けた方がいいですね」 「そうなんですか?」 「ある意味自覚があればなんとかなるんですけど・・・。もし見に覚えがないとしたら、かなりの重症ですね」 「ごっちーん」 「だからあたしじゃないっての!」 「じゃあ、誰?」 「そ、それは・・・」 言葉に詰まったところでいきなり部屋の扉が開いた。 振り向くと、機嫌よさそうな圭ちゃん。 「おっすー。おっと、お邪魔だったかな?」 「いやー。ちょっと、聞いてくださいよ。保田さーん。ごっちんてばねぇ・・・」 「ま、待ったよっすぃー。 ストップ!」 慌てて吉澤の口を塞いでもごもごさせたところで、閉じないままの扉の奥からもう一人出てきた。 ありゃ? 「・・・おはよ・・・」 「あ! 梨華ちゃんおはよー。どうしたの? 遅かったけど」 「あ・・・そ、そこで保田さんと会って・・・」 あんま答えになってないけど。 不思議そうな吉澤をよそに後藤は平然としたものの保田のそばに言った。 まさか、朝からあれってことは・・・。 後藤が来たのがわかると、保田はにっこりと微笑む。 後藤も微笑み返したその時。 「あんた、やってくれるじゃない」 さぁーっと、笑顔のまま血流が下がるのを感じた。 「な、何のことぉ?」 「今更とぼけるんじゃないわよ」 奥で何か話をしている2人に聞こえないようにと気を遣いながらの笑顔のトーク。 保田はカバンからごそっと何かを取り出した。 後藤の手をとって、その上に乗せる。 かつて衝動買いしてしまった、変な柄のハンカチ。 「よくもやってくれたね。あたしが出ないのをいいことに」 「いやーそのー。だってさぁ。待ってろって言う割には梨華ちゃんと食事とか行っちゃうしさ」 「言い訳は聞きたくないね」 にこにこ。 こ、怖いよー。 「というか、あんたあたしの扱いをだいぶ心得てきたみたいね」 「そ、そうかなぁー。昨日のは、偶然だよ。偶然」 「けど、あたしだってそう簡単に引っかかるほど間抜けじゃないからね」 にやっと笑った。 後藤は素早く視線を走らせて手近な武器になりそうなものを探す。 あ! あのステッキ使えそう! 手を伸ばしかけたところでぎゅっと保田に下からつかまれた。 「あんたも懲りないねー」 「そ、そんなぁー」 「一つ忠告しておくけど」 急に真面目な保田の顔。 後藤はえへ、とかわいこぶるけど、どうも通用しなさそう。 「どうなっても知らないからね」 「へ? 知らない?」 「他の人格が出てるときは、あたしは基本的に口出しできない立場なんだからね」 ははは・・・。 背後のテレビが、コーナーの終わりを告げるコールをするのが耳に入った。 「はい! それでは今日のまるまるチェック。『現代人に増える多岐人格症』をお届けしました」 圭ちゃん。 カウンセリング、行く? けど、今の圭ちゃんはあれだよね。自覚あるんだもんね。 「あんたへの仕返しはいつかするよ。でも、」圭ちゃんは言った。「けど、それ以前に自分の身に気をつけてね。忠告」 「へ? えーと、それはあの、気弱な圭ちゃんのとき・・・?」 と、そこで会話は中断した。 保田さーん、と間に飛び込んできた石川。 「何だよ。石川、吉澤にいじめられたの?」 「そ、そうなんですー。どう思います?」 「いじめてなんて! そんな、保田さん誤解ですよ」 そこで石川をかわいがる保田の姿は後藤には矛盾してるようにも見えなくもないけど。 なんか、とんでもないことに巻き込まれつつない? あたし。 |
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