BODYTALK
〜 その4 〜




 妖艶な目つきを向けたまま、保田は鼻先まで後藤に近づく。
 もう片方の手で腰を抱かれるようにして、身体を後ろにそらされた。
 次に何かを言おうとする前に、もう唇が塞がれる。
 非常階段で交わしたものとは全く違う、技量のほどを思い知らされるような熱いキス。
 半開きの口の中で、巧みに強弱をつけて舌を動かされるうち、後藤は気の遠くなるような思いだった。
 逆らうことなんて、できない。
 あの日感じたのと同じ。
「会いたかったよ。後藤。ずっと、あなたのことを考えてた」
「そ・・・そんな・・・。だって、毎日・・・」
「あれは、あたしだけど、あたしじゃない。あたしが思ってたのは、後藤だけ・・・」
 最初にああなったときは、もう身体を求められるままにそうしていただけみたいに思えたんだけど。
 今は、そのときとは少し違う。
 保田の指が喉もとからなぞるようにして胸に落ちる。
 抵抗しようと腕をつかむけど、大した力は入らない。
「もう一度、こうしたかったよ。後藤は?」
「ご、後藤は・・・」
 ずきっ! と、胸を強くつかまれる。
 服の上からでもその強さは十分に感じた。滑らかさも。
「おいで。この前の、続きをしよう・・・」
 保田がもう一度キスをして、それから奥の部屋を指した。

 前よりは、意識がはっきりしてる。
 相手が圭ちゃんだってこともよくわかってる。
 一度の経験でもう慣れたってこともあるわけないんだけど。
 服を脱がされて、脱がせて、という言葉にも素直に従って。
 お互いに隠すものをなくしたところで、尋常ではない感覚に襲われた。
 足を絡めたまま胸を攻められると、その頭に手を潜り込ませてぐっと力をこめてしまう。
「好きだよ。後藤」
「・・・そんなこと・・・前には・・・っ」
 言わなかった。
 今日の圭ちゃんは、次々と甘い言葉をささやいてくれる。
 まるで本当にそう思ってるみたいに。
 けど、前にあったことをきちんと覚えているような口ぶり。
 圭ちゃんが一体何人いるのかわからないけど、だけど、今ここにいるのはあのときに自分を抱いた圭ちゃんであることは間違いない、とは思う。
 うつぶせに体位を変えられて、後ろから抱きしめられる格好になったところで、耳元に名前を呼ぶ声が聞こえた。
 もしこんなところを横とか、客観的な視点で見られたらものすごいことになってるんだろうな、とは思うんだけど。
 逆らえない。
「いいね・・・もうちょっと、腰」
「・・・ん」
 聞かないといけない。
 だけど、そんなことも忘れて、後藤は立てた膝のまま、ぐっと身体をそらした。


 目覚めて。
 隣を見たらきっといないんだろうな、と思ったんだけど。
 そこに、圭ちゃんはいた。
 ううん・・・と小さな寝言を上げて。
 窓から刺しこむ陽が、朝らしいことを教えてくれてる。
 後藤は、無防備な寝顔を向ける保田に手をかざした。
 今、起こしたらどうなるんだろう。
 額の前で止めた手を、どきどきととどめる。
 もし、非常階段のような気弱な圭ちゃんだったら?
 レコーディングの時みたいな、怖い圭ちゃんだったら?
 何も知らない、普通の・・・。
 後藤は、起こそうとしかけた手を引っ込めた。
 怖い!
 急に、胸を締め付けるかのように感じたことだった。
 きょとんと、「後藤。まさか?」なんて言われたら、どうすればいいの?
 そもそも、多重人格って、他の人格の時のことを、どれくらい覚えているものなの?
 考えれば考えるほど、こっちが混乱してきそうだった。
 だけど・・・。
 後藤は、自分の手をどけて、じっと眠っている保田の顔を見る。

 そもそも、多重人格って、他の人格の時のことを、どれくらい覚えているものなの?
 考えれば考えるほど、こっちが混乱してきそうだった。
 だけど・・・。
 後藤は、自分の手をどけて、じっと眠っている保田の顔を見る。「う・・・ん。ごと・・・」
 言った声が聞こえる。
 少なくとも、今寝ている圭ちゃんは、後藤のことを身体目当てとかじゃなくて、きちんと「好き」って思ってくれてるらしいし。
 そう思われてるんだったらそれは、それほど嫌なことじゃない。
 情がうつったって、言われればそれだけなのかもしれないけど。
「圭ちゃん・・・」
 言って、後藤は目を閉じたままの保田の頬にキスを一つおとした。
 少し待つけど、目は覚めない。
「圭ちゃん。ごめん・・・でも、まだちょっと信用できないよ・・・」
「ん・・・」
 聞こえたのか、聞こえないのかわからない声。
 後藤は、そっとベッドを抜け出して服をかき集めた。
 今日も、午後からは顔を合わせる仕事。
 最後の望みをかけてシャワーを勝手に借りることにしてみる。
 だけど、上がってもまだ、圭ちゃんはすやすやと眠ったまま。
 後藤は、身支度をして、それから、数度振りかえる。
「・・・圭ちゃん。今日・・・」
 何の反応もない。
 けれど、後藤は心でいくらかの言葉を残して、その場を去った。

 次の日の朝、保田は仕事に来なかった。
 マネージャーもいなくて代理の人。
 なんかあったのかな、アレが原因なのかな、と後藤はかんぐってはみたけど、誰に聞くってこともできない。
 逆に、昨日の様子を後藤はみんなに尋ねられる。
「うん・・・ちょっと、機嫌悪いだけで、普通だったよ」
「ふぅん・・・」
 納得したような、しないような。
 それ以上のことは何もない。
 だけど、その次の日から保田も仕事に復活して、そのまま時間が過ぎた。
 また、それまでのことなんて忘れたみたいな態度。
 いつもの圭ちゃんだった。
 それで何も変わらないのかというとそうでもなくて。
 後藤は以来保田のことをじっと観察することにした。

 もし、次にああいうことになったら、自分がフォローしてあげなきゃいけないんじゃないか、という責任感に目覚めたのだ。
 少なくとも、この秘密を知ってしまったのはなりゆきとは言え自分だけなんだし、それならそうするべきだ!
 珍しくそんなことを考えてしまった後藤。
 思い出してみれば一人になったときに人が変わるみたいだし、あまり一人にしない方がいいような気がする。

 それに・・・。
 自覚のないようなあるような。
 後藤にはもう一つの理由がある。

 ・・・あの、自分を好きだと言ってくれた圭ちゃんにもう一度会いたいと思ったから・・・。



〜 2部 〜


「な、なんだよ。後藤、最近」
「へ? 何のこと?」
「だってさ・・・」
 他にも席はたくさんあるんだけど、ほとんどくっつくみたいにして後藤は保田の隣に座っている。
 移動のバスの中。
「ごっちん、最近保田さんにくっつきっぱなしじゃーん」
「ラブコール強烈だよねぇ」
 けらけら、と近くにいた数人が笑う。保田一人が苦笑い。
 後藤はそれでもめげずにそんな保田の顔を覗きこんだ。
「圭ちゃん、大丈夫? 平気?」
「だから、何なの? うん。平気だけど?」
「具合悪くない? 頭痛くない?」
「ちょっと、どうしちゃったんだよー」
 保田がさすがにいたたまれなくなって席を立つ。
 比較的空いている前のほうに行こうとするのを後藤も追いかけた。
「ついてくるなよー」
「だめー。圭ちゃんこそ、なんで逃げるのー?」
 足場の悪いバスの中で、妙な追いかけっこが始まった。
「わっ!」
「わっ!」
 そこで、突然大きく車体が揺れる。

「す、すみません。大丈夫でしたか?」
 運転手さんが慌てて謝る。
 どうも、前の車の急ブレーキに反応が遅れてしまったらしい。
 みんなが一斉に心配して後ろを振りかえる。
 その振動でみごとにつんのめった二人は、通路をほとんど転がるようになって最後部座席にまで行ってしまっていた。
「ちょっと、気をつけなさいよ」
 マネージャーさんが厳しく言った。
 後藤はイタタ、と頭を押さえながら保田の姿を探した。
 真横で同じように頭を抱えている。
「け、圭ちゃん。大丈夫?」
「あ・・・うん。後藤こそ・・・」
 眉間にしわを寄せて、保田は後藤を見た。
 本当に痛かったのか、しかめた顔がなかなか戻らない。
「ほら! 出発するから立って立って!」
 いつまでもしゃがみこんだままの二人を見かねてマネージャーが手を引いて無理やり立たせた。
 すぐそばの座席に二人を押しこむみたいにして入れる。
「どうもすみませんでした。出発してください」
 バスが走り出す。

 てすりかなんかに頭をぶつけでもしたんだろうか。
 後藤は頭の横がしばらくずきずきしっぱなしだった。コブもできてるかもしれない。
「圭ちゃん、ごめんね?」
「あー。うん・・・」
 生返事。
 本気で怒っちゃったかな。
「でも、後藤は圭ちゃんのことが心配なんだよ」
「心配・・・ねえ・・・」
 顔を窓に向けたままぶっきらぼうに保田は言った。
 やばい。まじで怒った?!
「圭ちゃんは、自分じゃわかんないかもしれないけど、本当は危ない病気にかかってるかもしれないんだよ」
「ナンダそりゃ?」
「だから、誰かがしっかりとついててあげないと・・・」
 後藤は必死に言い訳を考えて並べ上げた。
 だけど、予想以上に冷たい保田の反応。
「ちょっと、圭ちゃん聞いてるの? 後藤は真面目なんだよ!」
「聞いてるよ・・・」
 静かに保田は言った。

 イヤな予感と言うか、雰囲気の変化を後藤は感じた。
 びびっと来るものがあって、気づけば鳥肌が立っている。
 ばかーっ。ごとーのばかー!
 これってもしかして、自分が原因でまた圭ちゃんの「例のやつ」を目覚めさせちゃったってこと?!
 ぞくっとしながらも、その場をそうーっと逃げようかと腰をずらした。
 ふっと、その肩をつかむ感触。
「どうしたの? 後藤。出発してるよ」
「え? あ、あー。そうだね。あはは・・・」
 そう言って自分を見る保田いつもの保田と同じ、ように見える。
 逃げられなくなって、後藤は膝をくつっけた体勢でおとなしくそれを観察した。
 見上げると、そこには窓に手をついて外を見ている保田。
 気のせい?
 本当に?
「ねえ・・・圭ちゃん」
「ん? 何?」
「圭ちゃんの、誕生日って、いつだったっけ?」
 保田は目を丸くした。
 まあ、質問が突然過ぎるのはわかってるけど・・・一応。
 何言ってんの! と、保田が後藤の膝を叩いた。
「決まってんじゃん。忘れたの? 9月12日だよ」
「・・・?!」

 おいおい・・・12月6日じゃなかったのかよ・・・。
 保田はだけどまるでそれが本当のことみたいに平然としている。
 こりゃやっぱりおかしいわ!
 後藤は、そこでしげしげと眺め回す。自分が今まで知ってる「人格」は、弱気な圭ちゃんと、おこりんぼな圭ちゃんと、それと・・・Hな圭ちゃん。
 そのどれかなのかな、と思うけど、どうにも一見全然雰囲気変わったようには見えないし。
 しいて言えば、ちょっと無口だろうか。
 じっと、窓の外を何か探すような目で見ている。
 後藤はややびびり気味ながらその背中から声をかけた。
「圭ちゃん、ねえ。何を見てるの?」
「うん? あ、実はねぇ・・・窓の外に見える景色から感じる思考の流動について、哲学的な意味を探していたんだ」
 はいぃ?!
 後藤が、何を言ったのかわかんない、というふうに見ると、しょうがないな、と保田は笑顔を向けた。
「なぜ、世の中には動くものと動かないものがあるのか。そしてそうしたものがあることで、どのくらい人は感動やそのほか心を震わせたりしているのか。ちょっと気になったからさ・・・」
 決定。
 今の圭ちゃんは「電波の圭ちゃん」。

 それからぽつぽつとわけのわからないことを語り出した。
 むつかしい単語もいっぱい出てきたし、何よりそういうことを大真面目で語るってところが怪しい。
 後藤が前の席を見渡すと、ちょうどもらいものとかでお煎餅が回されてきたところだった。
 ベコベコの缶に入ったそれが、後藤の膝の上に置かれる。
「圭ちゃん、食べる?」
「ううん。満腹感は、純粋な思考の妨げになるからね」
 とりすましてそんなことを言う。
 こりゃ、他の圭ちゃんよりもタチが悪いかもね。
 後藤は蓋を取って、中から一枚ノリのついたものを口にくわえた。
 それから、おもむろにまっすぐ振りかぶる。
 ばこんっ!!
 大きな音がして、一斉にみんなが後ろの席を振り向いた。
 後藤は、えへへ、と笑ってごまかしながら、そのアルミの蓋を身体の後ろに隠した。
 思いきり凹んだそれを元通り閉まるようにするのはそれなりに苦労したけど。
 とりあえず喋るのをやめた保田は目を閉じてしばらくシートにもたれたままになっていた。
 やがて、目的地に到着直前にその保田が意識を取り戻す。

 着いた着いた、とみんなが身体を伸ばしつつバスを降りるとき、保田はすんなりと立って、後藤の後に続いて歩いていた。
 目的地は、ロケ場所である大きな公園。
 降りてからまっすぐに中央の噴水に向かった。
 途中、足元がふらつくのが見える。
 危ない! と、後藤は思って手をのばしかけたが。
「だ、大丈夫ですか? 保田さん」
「あ・・・うん。大丈夫。うん」
 先に近くにいた石川がそれを受け止めた。
 にっこり、と微笑んで石川の肩をぽんと叩く。
 それを見て、石川が顔を赤くした。
 だけど、すぐにその場を立ち去った圭ちゃん。背中を見たまま動かない石川の横に後藤は立つ。
「梨華ちゃん・・・?」
「はっ! 一体、何が? ごっちん、保田さん・・・」
「へ? なんか変だった?」
「変っていうか・・・何か、いつもと雰囲気違うよー」
 じたばた、とよくわからない動きをする石川。
 後藤は「?」ってなもんで保田を改めて観察してみる。
 自分にはよくわからないんだけど、確かにどうも様子がおかしい。


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