BODYTALK
〜 その2 〜




 翌日、顔を合わせるのが辛かった。
 仕事休もうかな、とかよっぽど思ったけど。
 でも今逃げたらこの先ずっと顔を合わせることができなくなりそうな感じ がしたし、とりあえずは昨日の真意を確かめるだけでもしなきゃ、と後藤 は自分を奮い立たせて仕事に向かった。
 こそーっ、と到着と同時に控え室を覗く。
 まだ圭ちゃんは来ていない。
「おはっよーっ。ごっちん、どうしたのーっ」
 後ろからぽん、と肩を叩かれて、振り向くと吉澤がいた。
 あわわわわ、とうろたえながらもおはよう、挨拶を返す。
「ん? どうかしたの?」
「ううんっ。なんでもないんだけど・・・そのぉ」
 ちらっと、部屋の中と、後ろの通路を見る。
「圭ちゃん、来てないかな」
「保田さん? あー、そういえばまだみたいだね。なんか用?」
「用っていうかさ」
 ごにょごにょと語尾をしぼませて、後藤は指をつんつんとくっつけた。
 吉澤は首をかしげながらも後藤の手を取る。
「まあ、待ってればそのうち来るよ。早く中に入っちゃお」
「うん・・・そだね」
 と、そのとき。
「おっす!よっすぃ〜、ごっつぁん、おはよーっ」
「あ、保田さん。おはようございまーす」
 ぎくぅ! とその声に、後藤はおそるおそる顔を振り向けた。
 にっこりと目を細めた保田の顔。
 後藤はがんばって笑顔をつくろうとしたけど、ひきつってあまり上手には できなかった。
「お、おはよ・・・」
「あれー? 後藤、具合でも悪いの? なんか顔色悪いけど」
「あ! 保田さん。ごっちん、さっきから保田さんのこと待ってたんですよ」
「あたし? おやおやー? なんだよ、朝からラブコールか?」
 すっごい普通の笑顔。
 後藤はその冗談に聞こえない冗談に、ますます顔をひきつらせた。

「ごっちん、なんか話があるんじゃないの?」
「は、話ね。そうそう、その、ちょっとだけ」
「深刻そうだなー。いいよ。まだ集合まで時間あるっしょ」
 吉澤はそこに後ろから現れた石川と、さっさと中に入っていってしまった。
 おいてかないでー、とか後藤は思ったけど。
「いいよ。話って何?」
「その・・・昨日のこと、なんだけど・・・」
「昨日? えーと・・・」
 保田は首をかしげた。
 眉間にしわを寄せて一生懸命考えてるみたいだ。
 どゆこと?
「あ! もしかして!」
「な、なに? 思い出した?」
「昨日、ウチに来たのってごっちん?」
 来たもなにも、圭ちゃんに誘われたんじゃんか。
 そう言いたかったけど。
「ごめんねー留守しててさ。ちょっと買い物に出たんだけど、そしたら見知 らぬ服が置いてあるじゃん? 誰のかなーとか思ってたんだ」
 そう言って、バッグから店のパッケージを取り出した。
「はい。これ、忘れ物でしょ?」
 手渡されて、そっと中を開く。
 確かに、昨日圭ちゃんに買ってもらった服だ。
 思い出してまた顔が赤くなる。
「で、でも。これって・・・」
「え? 違うの? 後藤んじゃない?」
 あたしのっていうか、なんつーか。
 けど、受け取ったまま何も言わないと、保田はじゃ、確かに返したからね、 と笑って言う。


「今度来るならさ、先に連絡してよね。あたしも部屋に鍵かけ忘れることが よくあるから、きっと気を遣って中に入って待ってたんだろうけど。・・・ んんっ?」
 保田はちょっと首をかしげた。
 そうでしょ? おかしいじゃん、そんな話。
「そういえば、ごっちんてあたしの部屋に来たことあったっけ?」
「なかったよ! 昨日が初めて!」
「そっかー。じゃ、余計に悪いことしたね」
 よく考えれば矛盾が出てくるはずなのに、保田の頭の中ではそれはそれと してきちんと整理できた普通の話になってるみたいだった。
 話がおしまいになってしまう。
「じゃ、今日も一日がんばっていこー」
「・・・はぁい」
 すがすがしい顔で部屋に入っていく保田。
 どうなってんの?
 圭ちゃん、あんなことがあったのに、まるっきり平気なの?
 ていうか、むしろ。
「圭ちゃん!」
 後藤は、最後にすがるように保田の腕をつかんだ。
「昨日のこと、覚えてないの?」
 保田は不思議そうな顔をしてそんな後藤を見た。
「? 覚えてるよ。昨日は、一人で買い物に行って、それで帰って来て疲れて 早めに寝たんだもん」
 後藤はぼうぜんとしてしまった。
 まるっきり悪びれない保田の笑顔。
 まさか、あれは夢だったの?
 そんなバカな?!


 数日が過ぎて。
 ますます何事もないかのような態度を保田は続けていた。
 普通に笑ったり怒ったり。
 何だかそこまでキレイさっぱり忘れられてしまうと、後藤としても本当に あれはなかったことなんじゃないか、とか思ってしまいそうになるんだけど。
 だけど、やっぱりそんなわけないとも思う。
 夢にしてはあまりにもはっきり感覚が残ってるし、何より、行ったことの なかった保田の部屋にいたこととか、絶対に変!
 それに、あの秋物のセーター。
 何よりの証拠じゃない?

 色々と可能性としてありえることを推理するとすれば、たとえば、その時 は勢いであんなことをしてしまったけど、後で後悔して必死で演技している とか。(いや、圭ちゃんはそんなに演技がうまいわけがない)。
 そうでなかったら、一時的な記憶喪失になったとか。(だったら、その前 に一人で買い物に出かけたこととか、覚えてるわけないし・・・)。
 じゃあ、全部後藤の妄想? (そんなわけないじゃん!!)。
 考えれば考えるほど混乱は大きくなってきた。
 みんなといる控え室で、圭ちゃんがなっちとやぐっつぁんとふざけてじゃ れている。
 後藤は、その様子をぼんやりみつめていた。
 最初は、どこか圭ちゃんにおかしいところがないか、とか探るつもりで。
 けど、気づいた時には視線は圭ちゃんの指先を追うことに集中していた。

 あの時は・・・そうだ、確か付け爪がついてなかった。
 ごくシンプルな、マニキュアも塗ってない、磨いただけのきれいなつるんと した形の爪だった。
 そうだ、それで・・・最初は首のあたりで、次は肩から胸へ・・・。
 ちっ! 違う違う! 何考えてんの、あたしは!
 浮かんだ記憶とも妄想ともつかないものを振り払うみたいにぶんっ、と頭を 思いきり横に。
 けど、また気が緩むと、圭ちゃんのことを見ていた。
 何かやぐっつぁんが憎まれ口をきいて、それでその腕をぴしゃっと叩くと ころで。
 つつ、とそのあとで撫でるみたいに動くのが見えたとき、後藤は反射的に 目をそらした。
 一瞬、胸が熱くなって身体が火照った。
 もーっ! バカバカバカっ!
 しっかりしろよ! どうしたんだよー!
「ごっちん?」
 はっ! と我に返って見上げると、心配そうな顔をした吉澤がいた。
「どうかした? さっきから一人でじたばた・・・」
「へっ? あたし、そんなことしてた?」
「してた」
 くすくす、と吉澤が笑って、近くにいた石川に「そうだよね?」とか確認 をとる。やや遠慮がちながらも石川はそれを肯定した。
 それで、笑いの輪が少し大きくなる。
 なっちが興味を持ったらしく、それを聞きつけて輪に加わる。当然、一緒に いたやぐっつぁんと、圭ちゃん、と。
「考え事? それにしちゃ大げさだよねー」
「Hなことでも考えてたんじゃないのぉ?」
 やぐっつぁんの一言で顔が真っ赤になった。
「ま、後藤ならありえるかもね」
 平然とそんなことを言ったのは、他でもない圭ちゃんだった。


 必死でごまかしつつも居たたまれなくなって後藤は控え室を逃げ出した。
 ちょうどカメラスタジオで電気系統のトラブルがあって、それなりに時間を つぶさないといけない状況であったってこともあるし。
 とりあえずほとぼりが冷めるまでどこかに隠れていようと思ったのだ。
 あーっ。
 とにかく頭を冷やさなきゃ。
 後藤はトイレに駆けこんですぐに、洗面台でハンカチを水に浸した。
 額に乗せるとひんやりとして、少し熱が冷めるような気がする。
 ・・・おかしいよね。
 それは、あんなことが本当にあったんならそれでも無理ないような気がす るけど。
 じゃーっ、と水を出して音を聞いていると、いっそのこと、なかったんだ って思いこんだ方がいいんじゃないかって気もしてきた。
 だって、圭ちゃんは覚えてないんでしょ?
 それで、後藤ばっかりこんなに変な気分になるのも不公平じゃん。
 そうだよ!
 きっと、あれは何かの間違いで、本当はそんなこと起きなかったんだ!
 後藤はきゅっ、と蛇口を止めた。
 そう思ったら、少し気も楽になったようでもある。
 鏡に向かってガッツポーズを作って、よしっ、と自分に気合を入れた。
 決めました。
 あれはなかったんです。
 そう、思った瞬間、背後でトイレの扉が開いた。
「なんだ・・・こんなところにいたんだ」
 圭ちゃんだった。
「え? もう時間? 直ったの?」
「ううん。そうじゃないけど、急にいなくなってなかなか帰ってこないから、 ちょっと心配しちゃってさ」
 ほら。
 いつもの優しい圭ちゃんじゃん。

「圭ちゃん、あのね・・・」
 後藤は、まだ完全にふっきれないせいでややモジモジとしながらも、保田 に話しかけた。
「後藤、実はちょっと変な夢見ちゃってさ」
「夢?」
 保田は、トイレに入っていった。
 水を流す音がしたけど、そのまま後藤はほとんどつぶやきみたいにして話 を続ける。
「圭ちゃんがね、後藤にせまっちゃうの。・・・バカみたいだよね。そんな こと、あるわけないもんね」
「はぁ? あたしが? せまるって・・・まさか?!」
「いや、だからただの夢なの!」
 話していると、本当に夢のような気がしてくるから不思議だ。
 後藤は勢いづいてもっと喋ることにする。
「それでね、圭ちゃん、ものすごーーく大胆なの。後藤が『嫌だ』っていうの に全然聞いてくれなくて。あははっ。今考えると笑える話だね」
 扉の向こうからも、笑うような声が聞こえた。
 また水の流れる音。
 そろそろ出てくるかな、とか思って後藤は待ってたんだけど。
「・・・圭ちゃん?」
 水の流れる音が止まっても、なかなか扉は開かなかった。
 もう一度名前を呼ぶけど、やっぱり返事がない。
 後藤は、何かあったのかな、と不思議に思う。
「ねぇーっ。どうしたの? 大丈夫?」
「・・・・・・・・ぅ・・・ぉ・・・」
 ?!
 後藤は、かすかに扉の向こうに聞こえたうめきに似た声にぎょっとなった。
「圭ちゃん! 圭ちゃんてばーっ!!」
 バンバンっ! と、思いきり扉を叩く。

 後藤がいよいよ蹴破ろうかというところまで叩いていたとき。
 急に扉の鍵が外れた。
 カチャ・・・と内側に開いていくと、中の様子が見えた。
 後藤はどきどきして口の中を乾かしながらそっとドアに手をかけた。
「圭ちゃん?」
 ガチャっ!!
 急に勢いよく残りのスペースが開いた。
 思わずきゃっ!と後藤は声を上げてしまった。
 あとじさって、その正体と目を合わす。
「ど、どうしたの? 後藤」
「どうって・・・圭ちゃんこそ、平気?」
 きょとん、と出てきた保田は目を丸くした。
「平気・・・って、あたし、何かしたの?」
「え・・・だって、さっき。中から苦しそうな声が聞こえたよ?」
「声? そんな。あたし別に何も、そんな・・・」
 怖いものでも見たようにおどおどと落ち着かない視線を漂わせる。
 逃げるみたいに個室から出て、後藤の後ろに回った。
「何か、いるのかな」
「そ、そういうわけじゃ・・・うん。ないと思うけど・・・」
 後藤は一応確認のためにドアを開けた。
 あたりまえなんだけど、そこには何も変わったところはない。
 保田は後藤の背中に張りつくみたいにして、それを一緒に探していた。

「きっとさ、後藤のカンチガイだったんだよ。うん」
「そ、そうだよね。さっきまで、あたしが中にいたんだもんね」
 にっこり、と安心した笑顔を向けた。
 後藤は一瞬首をかしげる。
 何だ? うむ?
「じゃさ、そろそろみんなのところに戻ろうよ。何だか気味が悪いし」
「そうだね・・・そうしよう・・・」
 保田はぱたぱたと走って廊下に出た。
 ゆっくり歩く後藤の先で止まって振り向く。
「はやくぅー。後藤」
 そこで、また後藤は首をかしげた。
 なんて言うかさ、というか。言いようもないんだけど。
 変な感じがしませんか?
 思ったけど、またそんなことを言うと圭ちゃんが怖がりそうでもあったので、 とりあえず黙っておくことにした。
 部屋に戻ると、みんながゆっくりと腰を上げてるところだった。
「あ、ちょうどよかった。電気直ったみたいだよ」
「さっ。仕事再開っと」
 それで、ほとんど会話をすることもなくみんなはスタジオに入っていった。
 入ってすぐに後藤と別れた保田は、石川あたりと楽しそうに話を弾ませて いる。
 ???
 また増えた謎に、後藤は嫌な予感を感じていた。

 撮影は順調に終わって、今度はレコーディング。
 こっちは別にトラブルがあるわけでなし、一見順調に進んでいるかのよう だったんだけど。
「あ。保田。今のところ、ちょっと」
 つんく♂さんが圭ちゃんのパートを止めた。
 圭ちゃんが、弱気な目でそれを聞く。
「もう少し強い方がええと思うんや。もう一度やってくれるか?」
 はい・・・と。言われたとおりに圭ちゃんは歌う。
 またストップがかかった。
「うーん。今一つやな・・・。どうした? 保田、今日調子悪いんか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど」
「だったら、いつもみたいに腹から声出して。な?」
 見本を少し歌って、もう一度圭ちゃんがマイクに向かった。
 だけど、またいくらもいかないうちにストップ。

「しゃあないな。保田、少し休んで。次のところから行くでー」
「!」
 繰り返してもうまくいくどころかどんどんイメージとはずれていくらしく、 つんく♂さんは圭ちゃんを外した。
 その瞬間に、圭ちゃんの顔がくしゃっと歪む。
「あたし・・・あたし・・・」
「へ? お、おい。保田?!」
「すみませんでした!」
 圭ちゃんはダッシュでスタジオから逃げ出した。
 みんな、呆然とそれを見送る。
 ほとんどが、何が起こったかわからない、という顔だ。
「どうしたん? 保田、なんかあったんちゃう?」
「さぁー・・・」
 誰も思い当たることなんてなかった。
 収録とかに慣れてない人ならともかく、こんなことなんてよくあることだし、 いちいち気にするほどのことじゃない。
 それに、いつもの圭ちゃんなら、それにめげたり、めげたとしてもこんなふ うに人前で泣いて落ち込むなんてことがあるわけない。
 つんく♂さんの言い方だって別にそんなイヤミなわけじゃ全然なかったし。
「まいったなー。ま、とにかくほっとくわけにもいかんし。誰か!」
 と、そのとき順番が一番あとの後藤と偶然目を合わせた。
「よし、後藤。ちょっと保田追いかけて探してくれんか?」
「あ! あたしですか?!」
「・・・? 嫌か?」
「い、いえ・・・そのぉ」
「ほれ! 急がんとどこ行ったかわからんようになるし」
 ぽいっ、とスタジオの外に放り出された。
 えぇーーーっ!!
 やっぱり、後藤が探すんですかー?


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