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24.Update
待ち合わせ場所である郊外の公園の前で、吉澤はサングラス越しに時計を見上げた。光を跳ね返しながらも刻々と時間を刻むそれは、もうすぐだってことを教えてくれてる。
吉澤はずらしたサングラスをかけなおして、思わずにやけてくる口許を押さえるのに必死だ。
時間つぶしに交差点の先にあるガラスウインドウに映る自分の姿を見てみる。大き目のTシャツに同じく膨らんだパンツ。スポーツスニーカーに帽子にサングラスで、これに顎ヒゲでもあったらちょっとしたラッパーっぽく見えなくもない。
自分の姿に調子に乗りつつ、吉澤はかぶっていた帽子を斜めにずらした。
これから来る人のために、ちょっとでも格好よくしておかないとね。とか思いながらもやっぱり笑いそうになる。
「・・・吉澤?」
「おっそーいっ、ですよ。保田さん!」
にんまりと微笑みながら吉澤は振り返る。
そこには、帽子で顔をすっぽりと隠すようにしながら、複雑そうな表情でスカートの裾を握り締めている保田の姿があった。
*****
二人で入ったレストランで、吉澤はにやにやとしっぱなしだった。お昼のピークから若干時間的にズレがあるものの、広いファミレスではそれなりに人の通りが多い。保田は帽子を取って、対照的にじろじろ、と落ち着かなく店内を見回していた。
「あんまり挙動不審なことはしない方がいいんじゃない? せっかくばれてないんだし」
「あんた、絶対おもしろがってるでしょう。自分ばっかり楽な格好してきて」
「そうですか? それなりにこれでも変装してるつもりなのになぁ」
確かにそうと言えばそうだけど。にしてもどうしても不公平なような気がする。いや、絶対に不公平だ。保田は手元に置いてある帽子を取り上げると立ち上がろうと腰を浮かせる。
「あれ? どっか行くんですか?」
「やっぱ、帰る。落ち着かないし、なんか嫌」
「まぁまぁ、せっかくだから食べてましょうって。ほら、来ましたよ」
吉澤に手を引かれてすとんと腰掛けなおすと、言ったとおりにウエイトレスさんが二人分のメニューを運んできたところだった。不満そうにしている保田を尻目に吉澤が笑顔で「ありがとう」と微笑むと店員さんがなぜか顔を紅くしてそそくさと立ち去る。
あんたね、と保田が突っ込もうとする前に吉澤がウインクをした。
「絶対にばれないって。これも保田さんのおかげかも」
「それにしてもねぇ・・・」
「似合ってるよ。すごく。その服」
と、フォークを取り出しながら吉澤は言った。今度は保田が顔を紅くする。
吉澤は料理を口に運びながら、まだ恥ずかしそうに小さくなっている保田の顔を盗み見た。ま、らしくないっちゃぁそうだよね。
保田の今日の服装は、というと。パッチワーク風味のミニスカート、長いブーツ。薄いピンクに細かい花柄のついた七分袖のブラウスにベージュのベスト。帽子もデニム地の外にちょっとくるっと巻いたハットで、まぁ、その他細かいアクセサリーなんかを込み込みで言ってしまえば。
「うーん。五歳は若く見えるね。やっぱ」
「16歳? それってまじで言ってるの?」
「やっぱ、服とメイクを真剣にやれば騙せるもんなのかな」
「いい言い方でもないね。今のは」
褒め言葉よりもやはり軽口の方が慣れているのか、吉澤のその台詞にやっと保田が顔を微笑ませた。けど、吉澤としては本音はどちらかと言えば前者だったりもしていたのだ。用意したのは自分(この話が出た時にあらかじめ聞き込みで調べ上げていたサイズの服を買い込んでいた)とはいえ、今日こうして会ってみるまでは意外だったけど。
どっちにしろ、言い出したのは自分なんだから、最後まで責任はとらないといけなくはある。
食事が終わった吉澤は、レシートをとりながら次はどうしようか、と話を振った。
「せっかくだから、もっと人がたくさんいるところに出てみない?」
「ちょっとねぇ・・・。もしそれで変な雑誌の人とかいたら、書かれるよ。『これが保田圭の私服だ!』って。そうなったらますますあたしの一般的なイメージが」
「そうかなぁ。もったいないけど・・・。じゃ、最初の予定通り買い物ってことで」
平日の昼間の街へそして二人は繰り出す。
吉澤は並んでショウウインドウに映る自分と保田の姿を見ながら、数日前に交わした会話のことを思い出した。
「保田さん。今度デートしましょう」
「はぁ?」
言い出したとき、思ったとおりに保田は「何言ってんの?」って顔をした。吉澤はそのことも十分予想できていたので、別に残念そうにもしない。保田はその態度にますます不審そうな顔をした。
「何か企んでるんでしょ」
「別に。企むなんて人聞きの悪い。吉澤はぁ、純粋に、保田さんと一緒に街を歩きたいんです」
だって、保田さんはそうでもしないと中々距離を縮めようとしてくれないでしょ? だから、日常の中に色々と刺激を工夫して挟みこまなきゃ。
吉澤はそう言ってこっそりと保田の手を握ってみた。
じーっ、と保田はその手と吉澤の顔とを交互に見つめる。
「けど、どうせ目立つところなんて行けっこないんだし、どうするつもりだったの?」
「それはですね。吉澤に考えがあるんです」
「考え?」
「だから、吉澤に全部まかせてくれませんか? 期待していいですよ」
と、大見得切ったところである。
吉澤はそっと手を伸ばしてぶつぶつ言いながら歩いている保田の手を握った。デートの提案をしたときと寸分かわらない不審げな顔で手と吉澤を見る。
「これは?」
「だって、デートじゃないですか。このくらいはいいでしょう?」
「いいけど・・・」
手をつないでしばらく街を歩いた。店を覗いて、途中いくつか買い物をしたけど、全くと言っていいほど店員さんも通りすがりの人たちも二人と気がつかない様子で、のんびりと一日を満喫することができた。
やがて、夕方になって会社が引けた人たちでそろそろ込み合う頃だ。その前に移動した方がいいかな、と二人は電車に乗り込む。
やや混み始めた車内で、吉澤は押されて流されるにまかせて保田の背中に手を添える。どどど、と乗り込んできた人たちにもまれて、ドアの近くでぴったりとくっつく。
「一応言っておきますけど、不可抗力ですからね。これは」
「別に何も言ってないよ」
「それならいいんですけど」
やがて電車は走って保田家の最寄り駅に到着する。抱き合うままで、その視線を下りる前から保田は痛いくらいに感じていた。
ちらり、と見上げるとにっこりと微笑まれてしまう。
「・・・寄っていく? ちょっと汚れてるけど」
「本当ですかぁ? いやー、催促したみたいで悪いなぁ」
「思ってるならそれらしい顔しなさいよ」
なぜかそう言った保田の顔が楽しそうにも見えて、吉澤はもう一息だ、と思う。
*****
「全く、手が込んでるっていうか。なんていうか」
「とかいって、結構楽しかったんじゃないですか?」
保田は到着と同時にかなぐり捨てるように帽子を取ってベストを脱いだ。言ったとおり微妙に散らかっている部屋にあがりこんで吉澤も帽子とサングラスを取った。
保田はブラウスに手をかけてすぐに、自分をじっと見ている吉澤に気づいて途中でやめた。
「なんてね。本当は保田さんのそういう服装見たかったんですよ。吉澤は」
「そうなの? ふーん。吉澤にしてはおもしろい冗談だね」
「わかってないねー。全く」
と、吉澤は席を立って保田の正面に立った。腕を組んで下から上、上から下へと舐めるように姿を見回す。胸の前で視線を止めると、反射的に保田は庇うように腕を組んだ。
「大体ね、圭ちゃんらしくないよ。いっつもはコロっといろんな人に騙されるくせに、今回に限ってどうして吉澤を疑うのかなぁ」
「その態度が信用できないんだよ」
「態度? どの態度です?」
じっと顔を寄せて、かなり近い距離で見つめあった。保田は警戒してい顎を引いて胸の前で組んでいた手を喉元まで持ってきている。
「・・・一度じゃ、信用できない、ってこと?」
「じゃないっしょ!」
「じゃぁ、どうやったらいいの?」
ぐっと抱きしめられてキスをされた。保田が顔をずらすせいで長くは続かなかったけれども。
吉澤はちょっと強引に顔を自分に向かせて、またじーっと目を見つめる。
「強引なんだよ。言い方も、やり方も」
「だって、この前は圭ちゃんも嫌がったりしなかったし・・・」
「嫌じゃなくても、そういうことってあるっしょ? たく」
すねるように保田がまたそっぽを向いた。
吉澤はわかったような、わからないような、でとりあえずぎゅっと抱きしめてみる。
「・・・今日は楽しかった。けどね」
「そう? 本当に?」
「うん。それで、一つだけ聞きたいんだけど」
「ん?」
保田は吉澤の胸元にもたれていた顔を立てて、恥ずかしそうに耳打ちした。
吉澤はそれを聞いて少し笑った。
「平気だよ。ちゃんと、似合ってたよ」
「本当? からかったんじゃなくて?」
「また信じないし」
はて、あとは何が足りないんだろう、と吉澤は思う。
強引に一気に飛ぶのは楽でも、その隙間を埋める作業というのは意外に大変なもんなんだな、と実感していた。
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