33.中途半端





 その知らせを聞いた時ーーー保田はちょうど朝食にサンドイッチを食べていたところだったのだけれどーーーあんまりにも驚いたせいで思わず飲みかけのコーヒーを吹き出ししまいそうになった。
 朝から何を奇妙なことを聞くんだろう、なんて思いながら、ゆったりと休日の遅い朝食の途中に鳴った電話が全部の始まりである。電話の主だったスタッフさんは、ものすごくいいにくそうに言葉を濁していたけど、普段の行いが良いせいだろう、保田がそれほど厳しく追求するまでもなくあっさりとその胸のしこりを話し出す。
 そして、聞いてしまったからにはもう朝食どころの騒ぎではない。

「じゃ、あたしも思い当たる場所とか回ってみます」 「そう? けど、せっかくの休日なのに・・・」
「いいんですよ。もしかしたら非常事態かもしれないのに、そんなのんきなこと言ってられません」

 一応悪そうにはしてたけど、内心は助かるらしかった。
 保田は食べ残しのサンドイッチを手早くラップでくるむと、どこかで食べることもできるかもしれない、と思って上着を着込んだ。朝は10時を回ったところである。


*****


 そういえば、先日からちょっと様子はおかしいところがあったかもしれない。突然夜中過ぎに保田のころに届いたメールである。

「なんかさぁ。最近気合いが入らなくってさぁ」

 最初はありきたりで当たり障りのない内容だったのに、突然そんなことを言い出した。だけど
本当はきっとその話をしたくってメールしたんだろうことはわかっていたのでそんなに驚かない。  保田は電話をかけた。

「あんたねぇ・・・これから一番気合いを入れないといけない時期なんじゃないの」
「それはよくわかってるんだけどね。もちろん、後藤だって一生懸命がんばるつもりだよ。それはね」

 と、言いながらもやっぱり口調に気合いが感じられない。保田も一緒に少し困る。付き合いが長くて、考えてることがわかるというのも善し悪しだなぁ、とも思う。
 だって、こういうとき相手の気持ちが言わなくてもわかるから。自分でも、どうしてそんなふうになったのかよくわかってない、ってことがわかってしまうから。

「・・・時期的なものじゃない? うん。きっとそうだよ。まだ環境に慣れてないっていうだけでさ」
「そういうもんかな」
「そうそう。だから、あんまり深刻に悩んだりしないでさ」

 もともと、深刻になんてならないんだろうけど、とは思うけどね。保田がそう付け足しの親しい憎まれ口を叩くと、「あはー」といつもの笑い声が聞こえた。

「時間がとれたら、何か広いところにでも行くといいんじゃない? 空気のきれいなところ」
「海とか? 山とか?」
「そうすれば、意外とさっぱりするかもしれないし。ね?」

 多少苦しい解決方法だったし、そうするにはお互い時間がなさ過ぎることもわかっていたけれどもそのときはそのくらいしか適当な解決法を思い浮かべることができなかった。
 後藤も、一応はなっとくしてくれたみたいだったし。まぁいいか、ということで話が途切れる。

「んー。ありがとね、圭ちゃん。話聞いてくれて」
「どういたしまして。じゃ、また今度ね」
「・・・うーん。あのさ、圭ちゃん」
「どうかした? まだなんかあるの?」 「えーっとね・・・。・・・、ま、いっか」
「なんだそりゃ」

 思い出せば、そこで突っ込んでおくべきだったんだろう。そして、「おやすみ」だけ言って切ってしまった電話。
 保田は都会を抜けた快速電車が景色を広くするのを眺めながらそのことを思い出していた。

「(たく・・・それにしたって突然すぎるっての。今始まったことじゃないけどさ・・・)」

 今朝の電話で得られたことというのはそんなに多い情報じゃない。
 一つは、今日後藤は衣装合わせをする予定だったのだけど、急なトラブルでその日程が変更になったこと。
 一つは、それを連絡しようと電話をかけたものの、何度携帯に連絡してもつながらないこと。
 最後に、家に直接連絡したら、今朝は(本来仕事があったはずの時間よりももっともっと早く、早朝と言えるくらい早く)家を出て行ったらしく、もうここにはいないこと。
 それだけのことで行き先を探すことなんて普通は困難だろうし、もしかしたら探さない方がいいのかもしれない。
 けど、少なくとも保田は前兆らしい話を聞いていて、見逃したという責任がある。
 しかも、もっと悪いことに。

「(多分、ていうか絶対にそうなんだろうな・・・)」

 どこに行ったか、それがなんとなく分かっていた。


*****


 ざくざく、と踏むたびに沈む砂の上を歩いて夏が過ぎて人気のなくなった浜を横切った。思った通り、その先の岩影に誰かが横になっている。保田が歩いてその砂浜の奥の小さな草むらになった場所にたどり着くと、寝転んでいた人はだるそうに体を起こした。

「あー。圭ちゃんだ。どうしてこんなところにいんの?」
「なんでって・・・。後藤、あんた自分で何をしたかわかってるの?」
「何って・・・」
「たまたま今日は仕事なくなったからよかったようなものの、本当はただじゃすまなくなるんだからね。こんなことすると」 「いやー。なんか思い付いたら突然」

 と、後藤は大きく伸びをして起こした体をねじった。保田は回り込んで隣に座る。そこからは、一見囲まれたようになっていながら、海がきれいに見える場所だった。

「よく覚えててくれたね。ここ」
「そういえばそんなことあったな、って。ほら、ここの話したときって、あたししか隣にいなかったじゃん」
「だったね」

 ずっと前にちょっとしたロケでこの近くに一泊したとき、偶然このすっぽりと観光エリアから抜け落ちたような場所を見つけたんだった。そのときは、だけど天気も悪くて景色を堪能するというわけにはいかなかったのだけど。
 いつかまた来たいね、疲れたときとかさ。そんな会話をしたんだった。
 そこまで思い出して、ふと保田はもしかしたら、後藤はそれもわかってここに来たんじゃないかって気もした。いや、多分そうなんだろう。
 横顔を見ると、だけどもそんなことを匂わせもしないような冷めた表情で遠くを見ている。

「朝に出たってことは、昼頃から? ずっとここにいたの?」
「そういうことになんのかな。うん、そんなもんだと思う」
「呆れたね。お腹減ってないの?」
「言われてみたらちょっと減ったかも」

 保田が持ってきた自分の朝食の残りのサンドイッチを差し出すと、ありがたそうにその具をチェックして後藤は一つもらった。食べはじめたら自分の空腹具合を実感してしまったのか、次々ととって最後には全部平らげる。けど、まだ足りない。

「もう、十分海は見たんじゃない?」
「かもね。ほんのちょっとすっきりしたような気もするし」
「なら、よかった。じゃ、行こうか」
「え? もう行くの?」 「何だよ。もう十分だったんじゃないの?」

 立ち上がろうとする保田に、後藤はいきなり不安そうな顔をした。保田はからかうようにそれを見て笑った。
 ごそごそ、とポケットの中からメモを取り出す。もう片方の手に携帯電話を持って、後藤にちらっとメモの方を見せる。うなずいたのを確認して、保田は番号を押して手早く連絡をつけた。



「どうせだったら、お腹いっぱい食べたいんじゃない?」
「そうかもね」
「あたしで良かったら、今日明日とめいっぱい付き合うけど」

 後藤は何も言わないで肩をすくめた。さっきまで草の上に敷いていたシートを畳むために保田に背中を向ける格好をしてはいる。保田は直接見えないところで、後ろを向いている後藤の顔を想像した。

「多分、中途半端っていうのが一番いけないんだろうね」
「あー。中途、半端? うん?」
「だから、例えば。今、後藤がここにいるのは、前に一度来た時に十分景色を見れなかったっていうふうに思ったからでしょ」
「うん。そうかも」
「んで、さっきあたしがあげたサンドイッチも、すごく中途半端な量だったじゃない?」 「うん。お腹減った。全然食べなかったらそうでもなかったのに」
「あたしが言いたいのは、そういうこと」

 シートを畳み終わってきょとんとしている後藤に、保田は手を伸ばした。ちょっと髪の毛をなでるようにして、指先で髪の先端をまるめた。

「今まで、ちょっと中途半端だったよね。そう思わない?」
「あー。うー」

 首を傾けて、頬の脇にキスをする。後藤は、突然のことにちょっと驚いたらしかったけど、それでも嫌ではなさそうだった。  こんな仕草までは、少し前ま
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