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25.権謀術数(鍋大会)
扉が開いて、保田が腕を伸ばして外開きにした。
一瞬、どういう顔をするんだろう、と吉澤と後藤は思った。しかし。
「一緒だったの? どこかで会って」
「うん。そこの八百屋さんの前でねー」
「そうそう、ごっちんが買いものしてるところに偶然通りかかったからさ。そんで、ここに来る途中って話だったんで、ついでに」
じろり、と二人で目を合わせた。それから同時に保田へと同じ視線を向ける。それでも保田は平然としたもので、「寒いでしょ?」と二人を中に入れた。
小声で機嫌よさげに歌を口ずさみながら部屋の中へと招き入れる。
「で? 買ってきてくれた?」
「うん。言われた通りにね。白菜と、ニンジンと、シイタケと春菊だっけ?」
「吉澤は?」
「吉澤もちゃんと買いましたよ。豆腐と、コンニャクと、うどんでしょ」
二人は同時に保田に袋ごと渡した。確認をして、保田は二人にそのお礼を言った。どういたしまして、と言いたいのはやまやまではあるのだが。
「ねー、圭ちゃん。そのお使いってさぁ・・・」
「ん? まぁ、細かいことはゆっくりあとで話すからさぁ、中に入ってよ」
「じゃなくて、どうしてここにごっちんがいるんですか?」
「はい?」
「それはこっちの台詞でしょ? どうしてここによっすぃ〜がいるの?」
「知らなかったの?」
保田はびっくりしたように二人を交互に見た。ちょっと待ってよ、これじゃ何がなんだかわかんないじゃない、と後藤がなんとか場の収集をしようと思っていたところ。
「おーい。圭ちゃん、どうしたの? お客さん?」
「あ、ごめんごめーん」
保田が袋を持ったまま、その声のした奥へと入っていった。確かに聞き覚えのある声。そして、場違いでもあるその声。
予想通りに、通された保田の部屋の居間では、煮立ったお湯からダシの昆布を取り出す作業中の市井がいた。
「げ! 後藤、吉澤!」
「いちーちゃん? どうしてこんなところにいるの?」
「市井さん。聞いてないですよ。どういうことですか?」
「どう、と言われても。圭ちゃん? 市井もよくわからないんだけど」
保田が冷蔵庫から魚介類とキムチの瓶を持って戻って来たとき、3人は同時に睨みつけた。
えー。と、保田は困ったように3人を順に見る。
*****
ぐつぐつ、と鍋が赤い色に煮立つところへ、保田が次々と具材を入れる。その手つきをじっと睨むようにしているのが、右隣の後藤。健気にそれを手伝っているのが左隣の市井。不服そうになりをひそめているのが、保田からは湯気を挟んで向かい側に席を占めている吉澤である。
4人、コタツを囲んでおのおのチャンスを窺いつつも、料理の煮上がりを待っている。
「けどさぁ、圭ちゃん。ひどいよね、市井はてっきり市井だけかと思ってたのに」
「言わなかったっけ? 絶対言ったと思ってたのになぁ」
「後藤だってそうだよ。『あー、圭ちゃん。後藤と二人で何か話したいことでもあるのかなぁ』とか思って来たのにさ」
「吉澤も? もしかして」
「えー。まぁ・・・」
しかし、実はその状況に一番遅く気がついたというのも保田であった。つまり、数日前にそれぞれが保田と会う約束をしようとした。それがどういう都合が3人同時になってしまったりもして、それで保田は勝手にみんなで集まるというふうに解釈してしまったらしい。おまけに偶然保田の実家から鍋用の具材が届いたとかで、それでちょっとしたパーティーをしよう、と。
3人は詳しい事情はともかくコタツとその上に乗っている鍋から席取りでかなりその後の戦況が変わることを悟ったのである。どうして吉澤が一番ポジション争いで負けているのかというと、まぁ。そういうこともある。人間関係というのは複雑なのだ。
「そろそろいいんじゃないの? 圭ちゃん。この辺」
「あ、そうだね。後藤食べとく?」
「後藤はこっちの野菜の方がいいなぁ・・・」
「しょうがないなぁ、じゃ。吉澤食べる?」
「え、あ。はいっ」
「これはねぇ、お母さんがみなさんで、って送ってくれたやつだからね」
と、保田は一番話がしにくかった吉澤に気を遣ってか一番に出来上がった具を盛り付けた。手渡そうとすると、ふと手が触れて吉澤はにっこりと笑った。
「熱いから気をつけてね」
「はい。ありがとうございまぁす」
やばい。と市井と後藤は一瞬二人で目を合わせた。何か知らないが、突然いい感じになってしまっている。むしろ一番遠いというポジションが保田の性格的に気にさせる場所だったのだろうか。
向かい合って楽しく会話をしている二人の横。先に動いたのは市井だった。
「圭ちゃん。こっちの野菜も入れた方がいいよ。ほら、どんどん煮えてるし」
「あ、そうだね。さすが紗耶香は気がつくね」
「全くー。圭ちゃん世話が焼けるんだから」
と、うまい具合に割り込むことに成功。保田のお皿に盛ってあげると今度は会話の主導権が市井へと移った。残された後藤は、さて、とまだ完全に火の通らない狙っている野菜と、しぶとく会話に入ろうとしている吉澤と、市井と保田を順に見た。
今からここに入り込むっていうの、ちょっと骨が折れそうだな。先に腹ごしらえでもしてからにしようかな。と、待ち構えてやっと食べられそうになった野菜を自分で盛り付ける。
「あち!」
「後藤? どうかした?」
「ひょっとあふかったらけらからぅえつにきにしらいれ・・・」
「何言ってるのかわかんないよ」
保田は席を立つと台所から氷入りの水を持ってきた。自然そこで会話が途切れる。まだ熱そうに口許をおさえている後藤に保田はタオルを渡して、平気? とかそっちに注意が移ってしまった。
「(なかなかやるな。侮れないぞ、後藤)」
「(ごっちん。捨て身の攻撃で来たか。そっちがそうくるなら・・・)」
わっ! と吉澤はわざとらしく大げさな声を出した。市井には見えていたが、吉澤は断じて触ってなんていなかった、はずだが。
「吉澤? どうしたの? 怪我?」
「いえ、大したことないんですけど、ちょっとよそ見してたら火に指があたったらしくて」
「大変じゃん。待ってて、今薬出すから・・・」
と、保田は後ろの棚から素早く軟膏を取り出して吉澤のところに来る。保田がかがみこんで吉澤の指先の火傷の場所を探そうとしている真上で、にやにや、と嬉しそうにしている吉澤の顔。
市井は苦々しく顔をしかめた。汚いぞー、と。
「圭ちゃん、そんないろいろ気を遣わなくてもいいよ。ほらーっ、せっかく圭ちゃんが親御さんからもらったのに圭ちゃんがほとんど食べてないじゃん」
「ん、けど吉澤が・・・」
「子供じゃないんだから平気だよ。ね? よっすぃ〜?」
「んと・・・えー・・・」
「そうそう、圭ちゃんビールあったでしょ? 飲め。飲んじゃえ」
「へ?」
「後片付けは市井がやるからさ」
と、後藤も慌てて手を上げる。「後藤もやる!」と激しく立候補である。
ニセやけどの吉澤も飲むことには反対ではなく、それ以上引っ張ってもよくならない状況を見越して適当にバンソウコウを貼って同じように「片付けます!」と同じように叫ぶ。
「そう? いいの? 本当に。あたし、酔うとさぁ・・・」
「わかってるって。眠くなるよねー。うんうん」
「後はまかせてさ。圭ちゃんが楽しんで」
「そうそう。おいしいですよ。これ」
「んー、じゃ。お言葉に甘えて」
と、保田は一人で飲むことになった。
しめしめ、と3人は思ったのだが、しかし敵が多い分それぞれの思惑通りにはことは運ばないものでもあり。
「市井さん。ダイエットでもしてるんですか? もっと食べてくださいよ」
「うん・・・。あれー? よっすぃ〜もあんまり食べてないようにも見えるよ? 残すと大変だしさ。ほらほら。後藤もこんなんじゃ足りないっしょ?」
「えー、後藤はもうだいぶ食べたけど・・・。もらっていいの?」
「「いいのいいの!」」
保田が一人うまそうにビールを飲む横で、今度はお互いの足の引っ張りあいならぬ、食わせあいに変わった。
おまけに保田にはあるだけのアルコールを勧めるものだから、鍋も終盤にさしかかってうどんを煮るころには、すっかり顔が赤くなってしまっている。
「あー。あたしもうダメかもー」
「うむ・・・。実は市井も・・・」
「よ、吉澤は割りと平気ですよ・・・」
「って、よっすぃ〜。顔色ちょっと悪いよ」
「後藤だってすげー眠そうだし」
「ちょっとねー。食べ過ぎたなぁ」
最後のうどんを3人で分け食べ終えたところで3人は一斉にダウンした。保田もふぅー、と微妙に色っぽいため息まじりに後ろへと倒れる。
コタツを囲んで四人でごろりと天井を見上げて横になった。
「あー。まじ辛いー」
「ごめぇん。圭ちゃん。片付けもうちょっと待って。く、苦しい」
「うーん。お腹の動きが自分でわかるっす」
ぶつぶつと言い訳をする3人だったが、そこへ保田は一つ欠伸をして言った。
「三人ともさぁ、帰るのだるかったら泊まって行ってもいいよ・・・」
「「「まじっ!!!???」」」
思わずがばっとお腹苦しいにも関わらずに一斉に起き上がる。保田一人がまだ眠そうに、しかも無防備に床に寝転がって今にも目を閉じそうである。
うん、いい。と前の言葉を確認すると、3人は起きたついでに顔を見合わせて再び火花を散らす。
「明日、よっすぃ〜遠いんじゃない? やめときなよ」
「それを言ったらごっちんだって早いでしょ?」
「二人ともお仕事あるなら遠慮しなさいって。市井がここは引き受けるから」
わやわや、と眠い保田の頭上で話し合いは続いている。
一瞬眠気に負けて眠った保田が目を覚ました数分後も、まだ続いているようだった。
どっこらしょ、と保田は頭を振りつつ体を起こした。
「で、どうするの? 三人とも」
「「「泊まってくよ! もちろん!」」」
そして、またポジジョン争いの開始の合図が聞こえたような気がした。
今度はベッド、かな。と3人は同時に寝室へつながる扉を見た。
「ずるは、なしだぞ」
「市井さんこそ。抜け駆けはなしです」
「(やばい。後藤は本当に眠いかも・・・)」
いっせいのせー、と掛け声と同時にダッシュの音は聞こえたものの、しかしやはりきちんと自分の今おかれている状況の重大さと危険さにまるで気がつかない保田でもあった。
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