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23.ドアの外から
バスルームでドライヤーの音が止まった。
保田は呼んでいた雑誌から顔を上げて入口に顔を向けると、ローブに肩からタオルをひっかけた格好で飯田が出てくるところ。
テーブルに雑誌を残して保田はベッドの上へと移動した。
二つ並んだベッドの向かい側に飯田は座って、枕もとのライトのスイッチを入れた。
「何か飲む?」
「うん。さっき外で買ったやつって、残ってるよね」
「もちろん。ちゃんと冷やしておいてあるよ」
髪の毛を丁寧に梳かしている飯田の横を出て、冷蔵庫から保田は二つの小瓶を取り出した。スタイニーサイズの小さなやつで、リングに指を入れてフタを抜いて手渡す。完全に冷え切っていないせいか、うっすらと開いたところにビールの香ばしい匂いと泡が漏れた。
「じゃ、お疲れ様でしたー」
「圭ちゃんもお疲れー」
ちん、と音をさせて一口ずつビールを飲んだ。この地方の地ビールであるとかですっきりと口当たりがいい。夕食の時にもちょっとだけ飲んだんだんだけど、こうして二人で飲むのとはまた趣は違う。
飯田は風呂上りでまだ火照るのか顔から流れた汗をタオルで拭った。
「大変だったよね。このツアーもさ」
「そうだね。けど、夏って独特だし、終わってしまうと思えばあっという間だよ」
「圭ちゃん、よく頑張れたね」
「ん?」
「だいぶ最初から飛ばしてたからさ」
と、夕方までやっていたライブのことを話す。反省点はたくさんあるけど、どちらかといえばお互いをねぎらうような会話になる。
もうすぐ終わる夏の話とか、それまで回ってきた全国各地の思い出のことを話し終わると、なんとなく黙って二人ビールを飲む。
「圭ちゃん、いつもありがとう」
「どうしたの? 急にそんなこと言い出してさ」
「だって、こういうときでもないときちんと言えないでしょう?」
保田は照れ隠しに笑って瓶を口に運んだ。「それを言ったら圭織だって、だいぶリーダーとして慣れてきたみたいだね」なんて言い返す。
言い合うとまた恥ずかしくなって、二人で瓶をかち合わせてまた飲んだ。
「そっち、行ってもいい?」
「ん。いーよー」
少し酔いが回ったのか飯田が眠そうな声で、保田の隣に移動した。身長差で難しい頭の収まりどころを見つけて、それから肩の上にちょこんと頭を乗せる。
保田も持っていた瓶を持ち替えて、自分の肩から下に下がる髪の毛を指先に挟んだ。
「疲れてるんじゃないの? 圭織、平気なの?」
「疲れてるからさ。ちょっと甘えさせてよ。圭ちゃんは?」
「あたしは、別に。若いもん」
くす、と飯田が笑った。保田は肩に乗っている飯田のこめかみのあたりに鼻をつけた。風呂上りのいい匂いを吸い込みながら、膝の上で手を組ませる。
明日は特に早いってわけでもないし、いざとなったら移動のバスの中でも眠れる。そう思って保田はそっと顔を上げさせて飯田の目を見た。
飯田も、それを待ち構えるように目を閉じた・・・ところが。
トントン。
「ん?」
「今、もしかしてノックした?」
「どうだろう。圭織も聞こえたんだよね」
トントン。トントン。
と、今度は繰り返すようにノックされた。直前で邪魔をされて、二人は顔を見合わせるものの、まぁだけどそれを怒るほど子供でもなし。
比較的服装がしっかりしているTシャツと短パンの保田が立ち上がってドアに向った。
「はーい。誰ですか?」
「圭ちゃん? あー、矢口だよ。ちょっといい?」
「矢口?」
保田が扉を開くとそこには確かに矢口がいた。ちらっと奥の圭織を見たものの、まるで平然とタオルで髪の毛を撫でている。ま、いいか、と保田が身体を横にどけると、矢口はいそいそとその中へと入って来た。
「どうしたの? 何か緊急の用事でも?」
「ううん。今日で地方終わりだと思うとちょっと緊張の糸が緩んだっていうか。うまく眠れなさそうだから、話し相手になってくれないかなーって」
「圭織はいい? 眠くない?」
「平気ー」
本当に矢口はやや興奮気味みたいだった。お酒も入ってないのによくもまぁ、ってくらいテンションが高くて、なかなかに饒舌に今回のライブのこととか、自分としての目標とか、これからのことへの不安とか希望とか。そういうものを二人に話したり意見を求めたりしていた。
やがて、保田の渡した冷蔵庫のウーロン茶もなくなる頃、ちょっと話も一段落したのか矢口は小さく欠伸をした。
最後にぐっと飲み込んで空き缶を冷蔵庫の上に置く。
「どうもありがとう。やっぱり、真面目な話をするにはリーダーとサブリーダーに限るね!」
「お役に立ててなにより、だね? 圭織?」
「うん。圭織も、矢口の話きけてよかった。これからも頑張ろうね」
「うんじゃ、ま。よーし。そろそろ寝るかな」
と、矢口は小さな身体を大きく伸びさせて、とことこと出口に向った。出口まで送った保田とベッドのそばの飯田に最後に振り返って「おやすみー」と手を振る。
ばたん、と重たい音をさせて扉が閉じると、思わず保田はため息をつく。
「いろいろと考えてるんだね。矢口も」
「こっちも考えさせられることが多いよ」
保田はすっかりぬるくなったビールを取り上げて一口飲んだ。もう残り少なかったので、最後まで飲んでしまう。矢口がそうしたように冷蔵庫の上にとりあえず上げて、改めて飯田の隣へ行った。
いじっていた髪の毛から手を離して、飯田も矢口が来る前みたいに手を保田の膝の上に乗せる。
目を閉じるとちょっと眠そうになったけど、そっと額を飯田と合わせて保田は鼻先から唇をさぐるように顔をずらした。しかし、である。
トントン。
「あれ?」
「なんだろ。また? 矢口?」
今度は若干強い叩き方だった。保田は腰を上げると、さっきと同じようにシャツの裾を直しながらドアに向う。魚眼でちらっと外を覗くと、小さく首を振りながら扉を開いた。
「すみません。保田さん」
「ん? 石川? どうしたの? こんな遅くに」
「あの、非常に言いにくいんですけど」
と、石川は指を部屋の中に指した。保田が振り返ると、その指の先はどうもベッドの脇にある自分のカバンを示しているように見える。
「昼間、もしかしたら台本を保田さんのバッグに入れてしまったかもしれないんです」
「はい? どうしてあたしのバッグに石川の台本が?」
「話せば長いんですけど、ちょっとした取り違えで・・・」
慌てて中に入ってバッグを探ると、確かに台本が2冊あった。裏返すと表紙には「石川」の文字。中ほどまで入って来た石川にそれを手渡すと、ほっとしたようすで笑顔を向ける。
「よかったー。なくしたなんてことになったらどうしようか、って思ってたんです」
「よかったね。けど、これからは気をつけるんだよ」
「はい! どうもすみませんでした。保田さん、飯田さん!」
深く一礼すると石川はさっさと出て行った。残された二人は「やれやれ」と顔を見合わせる。そしてさらに眠いと思いつつも、三度保田は飯田の隣へと座る。
「きっと、みんな気持ちがたかぶってるんだよね」
「仕方ないよね。ま」
なんとなく気持ちが騒ぐって感じもわかるから腹も立たない。保田は今度こそ、と思いながら飯田の頬に手を添えて、つるっ、と滑らかな肌に指を滑らせて。それから前髪を横にわけて額を合わせた。
ふと、耳を澄ますけれども音はしない。
飯田も同じことを思ったのか、息を殺すように外の音に集中していた。
大丈夫、もう邪魔ははいらないはず。
ささやかに、これからお互いをねぎらう大切な時間。
「圭織、頑張っていこうね。これからも一緒に」
「うん。圭ちゃんも、無理しないようにね」
ゆっくりと飯田はベッドに背中を倒して手を伸ばす。保田はそれに合わせて上半身を斜めに飯田の脇へと転ばせた。
夏の、最後の名残らしいセミの声が遠くで聞こえたような気もして・・・
いや、セミでもなくて?
ガッシャーン!!
「!」
「!!」
二人同時にベッドから飛び起きた。かなり近い場所から破壊音は聞こえた。二人並んで部屋のドアのところにまで行って魚眼を覗き込む。
そこでは、ばたばた、と数人が走り去っては戻ってくる様子が見えた。
「ど、どうしよう。あいぼん」
「やばいて。これ、いくらなんでもここで落とすんは間が悪すぎ」
と、犯人らしい二人と、それを取り囲む小川と高橋。
4人は、示し合わせたかのように一斉に、飯田と保田の覗いている魚眼を見上げた。レンズから見下ろした廊下では、みんなの足元に転がったジュースの瓶の残骸。
一旦顔をドアから放して、飯田と保田は顔を見合わせる。
「迷惑だね。けど、まだ寝たフリで無視することはできるかもよ」
「まぁね」
飯田はローブ姿で部屋をドアから中へと歩いて横切る。保田も2、3歩とそれを追って、部屋の中央付近で立ち止まった飯田の背中を眺めた。
飯田は、保田に背中を向けたままローブをベッドの上に脱ぎ捨てる。
「圭ちゃん」
「ん?」
「因果な商売だね。お互いさ」
「全くだね」
保田は椅子の背中にかかっていた、飯田のジーンズを投げて渡した。慌てるわけでもなく飯田はそれとシャツとを優雅に身につける。
一足先に魚眼で外の様子を探る保田には、無駄な抵抗ながらも廊下のガラスの破片を掃除しようとする4人の姿があったりもして。
「うし。これはきっちりと謝らせてやらねば」
「手伝いますよ、リーダー」
扉を開く直前、飯田はちらっと保田を振り返る。
そこではにかんだ保田に、一瞬だけキスをした。
ふと、その余韻に保田が浸るよりももっと早く。扉の向こうで悲鳴に近い4人の声が、保田には聞こえていた。
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