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35.夜話
何度目か数えるのも忘れたけど、後藤はベッドの中から目の部分だけ出して、そこから見える窓際の景色を見た。
暗い部屋に差し込む小さな光が、そこに誰か人影があることを教えてる。最初にそれを見つけた時には驚いたけど、よくよく確かめてみようと目を凝らせば、それは自分の知っている人だってすぐにわかった。だいたい、隣に並んでいる自分と同じ大きさのベッドが空だ。
にもかかわらず、さっきその窓際の影が顔を後藤の方に向けたとき、なんとなく反射的に頭を布団に潜らせてしまったりもした。時間をおいてもう一度顔を上げると、そこには最初見たときと同じように窓の外に顔を向けて頬杖をついているようだった。
「(どうしよー・・・かなぁ)」
後藤は一人作戦会議を開くように、一度完全に布団の中に潜り込んだ。
いつもだったら、普通に布団から抜け出して、「こんな夜中になにやってんだよー」とか言って軽口の一つでも叩くところなんだけど。なぜか今日はそういうふうにできない雰囲気。なんで、と言われてもどこがどう違うのかわからないけど。
ふぅ、と二人だけの真夜中の部屋に聞き方によっては色っぽくもある小さなため息が聞こえた。後藤は再び顔を上げる。
「(いつもの圭ちゃんじゃないんだよね・・・。なんかあったのかなぁ)」
今までの付き合いで、悩みどころのポイントが自分とは違うことはわかっていたけど、それにしても今日は全然予想もつかない。特に嫌なことがあったわけでもないようだったし。
まぁ、お年頃なんだし、それなりに個人的なことで何かあるのかもしれない。だとしたら、余計に首をつっこむべき問題じゃないことかもしれないし、そもそも、難しいことを言い出されたら自分じゃ多分役に立てない。
だとしたら、後藤がとるべき行動は、ただ一つ。
「(寝ちゃえば、いいんだよね? うん。見なかったふりしてさ)」
と、一応の結論がついた。けど、そうと決めて寝返りを打って、背中を向けたまま寝ようとするも、いざとなるとうまくいかない。逆に、見えなくなってしまったぶん、小さな息づかいとか、服のこすれる音とかが妙に気になって、時間がたつごとに目が冴えてきてるようにも思う。
それでもしばらくは頑張ってみたものの、最後にはそうしている自分がばかばかしく思えてきたりもして、「だーっ!」と小さく声を上げて布団を持ち上げた。
「・・・後藤? 起きちゃったの?」
「まーね。窓際にお化けがいるような気配がしたからさ」
とりあえず軽く言い出してみる。保田はだけどそれに怒る様子もなく、鼻でかすかに笑った。後藤はちょっとむっとした気分でベッドから毛布をはぎ取って、それを体に巻いたまま窓際の椅子へと向かった。本来保田用にしてあった窓際のホテルのベッドに腰掛けて、椅子に座った保田と並ぶ。
「圭ちゃんは、ずっと起きてたの?」
「ずっとじゃないけど・・・ついさっき偶然目が覚めて」
ウソツキ。と後藤は心の中でつぶやいた。だって、少なくとも自分が起きてから30分は経ってるはずだし。だけど、それを言い出したらそれを見ていた自分のこともばれてしまうので、言わない。
「けど、寒くないの? こんなところでずっと座っててさ」
「寒いといえば寒いけど。別にそんなこと考えなかったなぁ」
「全く、子供じゃないんだから、寒いとか暑いとかくらい自分で調節しないとダメじゃん」
と、後藤は自分の体に巻いていた毛布の端っこを手で持ち上げる。保田は一瞬その意味がわからなかったみたいでもあったけど、すぐにその手の方に移動して座った。後藤に肩から毛布をかけられるのを、本当に子供みたいにいい子で待っている。
「何か考え事でもあったの? 夜中に目が覚めるくらいのさ」
「考え事ってほどでもないけど。ちょっと思い出して」
「何を?」
「昔のこと。後藤と会ったばっかのときとか」
なんで? と聞くとそういう夢を見たから、という返事だった。後藤がその先を聞かないでいると、保田も何か言いかけて、そこで黙ってしまった。
言葉の隙間を埋めるようにそっと体を近付けて、布団の下で手を握った。
「後藤はさ、そんなに圭ちゃんのことよくわかってないのかな」
「ん? なんで?」
「なんか今さ、圭ちゃんが何考えてるのか全然わかんないから」
後藤がまじめに今の状況について正直に言うと、保田は少し考えてから笑った。
「あたしは、いつも後藤の考えてることがわかんなかったけどね」
「そうなの? え? ちょっと待って。それって、本当に?」
「うん。何か変なことするたびに、『宇宙人みたいな子だ』とか思って」
それは、どうこっちはとっていいのか。後藤も少し考えたけど、やっぱりそれは褒め言葉じゃないような気がした。
「けど、後藤に言わせてもらえばねぇ。後藤よりも、よっすぃ〜とか、圭織その辺の方が意味不明じゃない?」
「・・・かなぁ。いや、あたしはむしろ後藤」
「なんで?」
「なんで、って言われても」
保田はそれについてしばらく考えていたようだったけど、なかなか適当な答えが見つからないふうだった。後藤はそれを待つ間の間がなんとなく居心地悪くて、次の話題をさがそうとしてしまう。
「いっつもはさ、圭ちゃん分かりやすいのに」
「そうなの? へぇ」
「わかるよー。だって、思いっきし考えてること顔に出るじゃん」
「そうかなぁ。あたしは、自分じゃそんなに・・・」
「わかるの」
と、反論しかける保田をぴしゃっと押さえつけた。保田が「おやおや」ってふうに顔を向けると、後藤は「そうなんだもん」と言い張った。「わかったよ」って顔で保田は首を横に振る。
「後藤は、あたしのことよくわかってて。だけどあたしは後藤のことよくわかんない。そう?」
「そう」
「おもしろいね。それって、ちょっと」
「?」
「いや、なんとなく」
くすくす、と保田は一人で納得したみたいに笑った。後藤もつられて一緒に笑う。そうだね、言われてみればおかしいことだね、それ。
圭ちゃんは大人で後藤は子供。
なんかそれが逆転しちゃってるみたいだもんね。
「今も、あたしのことわかんない?」
「ん? あー、今はもうそうでもなくなったかも」
「どうして?」
「えっと・・・笑ったからかな」
「笑う?」
「うん。圭ちゃん、笑ったときが一番よく分かる気がする」
一番安心するような気もする。
後藤が続きを言わずに心の中で思うと、保田はお互いのくっついた体を毛布でくるんだ。よしよし、と背中を何度かリズムを刻むように叩いてもらっていると、少しずつさっきまでの不安みたいなものがなくなってきて、それがまたしばらく続くと、小さくあくびも出た。
「そろそろ寝ようか。まだ朝まで時間あるし」
「そう・・・だね。うん。あ、けど・・・」
何か言い出そうとして後藤は言葉を止める。だけど、全部わかっているみたいに保田はそのまま二人乗っているベッドの布団を持ち上げた。おいで、と手招きしてくれる。
「後藤はさ、笑ってる圭ちゃんのことならよくわかるんだ」
「うん」
「後藤は、圭ちゃんのこと、ずっとわかってたいんだ」
「そっか。はいはい」
「だからさ、圭ちゃん。ずっと笑っててね」
「ん」
「後藤のそばにいるときは」
二人寝転んだ布団の中で、後藤が眠る直前まで、そんな話をしていた。後藤の言葉に相づちを打っていた保田も、自分の胸元で先に後藤が眠ったらしいことを確かめて、それから目を閉じる。
寝息を触れた肩口に感じながら、保田は後藤のことを考える。さっきまで考えていたことの続きを考え直す。
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