30.コントラスト




 どっちがいい? と聞かれて保田は読んでいた本から目をあげた。
 ついさっき台所に消えた市井が、真剣な顔をして腕組みをしている。何が? と保田は質問をやり返す。

「うんとさ、どっちがいいかなって。圭ちゃん、コーヒーとお茶」
「なんだ、そんなことか。どっちでもいいよ。紗耶香の好きな方で」
「そういう返答が一番困るんだよね」

 うん? と保田は態度が不真面目に思われないように、と腰を上げて台所へ向った。そこでは、豆の入ったコーヒーと、葉っぱの入ったお茶がある。
 中身は? と尋ねるとお茶はいろいろあるけどコーヒーは今煎れたら終わりになるくらいしかないという。

「じゃ、いいよ。お茶にしようよ」
「そう? 本当にそっちでいいの?」
「うん。紗耶香が自分で飲むときのためにとっておきなよ」

 じゃあそうする、と市井は承諾して豆の入った缶を棚にしまった。しかし、戻って来た市井の手には、棚の中から持ってきたもう一つの缶。
 今度は何? と保田はその缶と、さっきまであった缶とを見比べる。

「あのね、お茶はお茶でも、緑茶と紅茶があるんだけど。どっちにする?」
「うーん。どっちでもいいんだけど・・・じゃ、紅茶にするかな」
「じゃ、こっちはもういい、と」

 市井はまた缶を棚にしまって、いよいよポットが出てくるか? と保田は思ったものの。市井はまた
動きを止めて考え込んでいる。

「あのさ、圭ちゃん。紅茶なら、ダージリンとアールグレイがあるけど」
「はぁ。えっとね、じゃ、ダージリンにしといて」
「わかりましたー」

 やっとのことで飲み物が決まって、市井はポットに葉っぱを二つまみほど入れる。お湯が沸くまでの間、またもキッチンで何か考え事をしている様子。
 ポットにお湯を注ぎ終わった市井がそれを保田の座るテーブルへと運んで、今度はお菓子の箱を二つ取り出した。

「お茶菓子なんだけどさ。今家にはクッキーとチョコレートがあるわけ」
「はいはい。それもあたしが選ぶのかな?」
「どっちが好き? 圭ちゃんはさ」

 どっちも好きだけどね。と、保田は前置きした。
 けど、今日の市井はなぜかずっとそんなふうに保田に二分の一の選択をさせたがっているらしいし。そこで「どっちも」なんて答えはしないほうが良さそうだ。

「今日は、チョコレートって気分かな」
「ふぅん。わかった。ならこっちを開けようかな。お皿とってくれる?」
「これでいい?」

 ざらざら、と小粒のチョコが底の浅い白いお皿の上に流れ込む。もらいものなのか自分で買ったのか、その辺ではあまりみかけない外国の文字の入った箱のチョコ。保田はいつものように普通に噛んで食べていたのだけど、市井はそれを見咎めて声をかけた。

「圭ちゃん、このチョコ食べるんなら、もうちょっとおいしいやり方があるんだよ」
「そうなの? どう?」
「こうやってね。歯はあんまり使わないで、こう・・・」

 舌の上にチョコを乗せて、市井が実演を始める。初めて食べる保田には、そうして舌先で一層ずつ剥いては楽しんで食べるやりかたは難しそうにも見える。
 見よう見まねでやってみるものの、すぐにはうまくってわけにはいかない。間違って一度そのまま飲み込んでしまいそうになった。

「下手だなぁ。圭ちゃん」
「うっさいなぁ。だって、初めてだし。コツがよくつかめないだけだよ」
「いい? まずこうやって。ここ、よく見て」

 と、市井は保田のすぐ隣にまで椅子をずらすと、べ、と一度見せたチョコをゆっくりと口の中で転がす。保田も、同じようにそうしようとして、うまく動かない自分の舌に顔をゆがめた。
 んんー、と保田があわや顎の骨をツりそうになったところで、市井が保田の頬に手のひらを伸ばした。

「しょうがないな。こうするの。ほら、ちょっと」
「ん・・・」

 頬骨に指をそえて、市井は顔を自分に向かせて軽く口を開かせる。もう一つ手にとったチョコを保田の舌の上に乗せて、それを導くようにキスをしてきた。
 保田は自分の舌の上で、感心するくらいに上手に市井がチョコレートのコーティングを剥いていくのを感じて目を閉じた。歯を使わないでよくも、まぁ、と思うくらいにうまい。
 お互いに舌を重ねたところで、じんわりと甘さが口の中いっぱいに広がった。

「どう? 少しはわかった?」
「まぁね。たいしたもんだ」
「意外と不器用なんだね。圭ちゃんてさ」

 どさくさにまぎれてキスをしたことに関して何も照れることもないのか、市井は子供みたいに声を出して笑った。保田は目の前のダージリンで少し甘ったるくなった口の中をリフレッシュする。
 それから、笑いすぎな市井の額をつついた。

「あんたが、余計な知識が多いのがおかしいの。全く、どこでそういうことを覚えてくるんだか」
「さぁ、どこだろうね。圭ちゃんの知らないところだよ。きっと」
「お。そんなところがあるの? どこ?」
「やーだよ。教えてなんてやらなーい」

 こら、と言って保田が手を伸ばした。逃げそうな素振りをしつつも、簡単に保田の手の中に捕まって、二人椅子から下りて抱き合う。
 保田から目を閉じると、大人しく市井もそれに従ってキスを受け取る。
 長いキスをして、それから保田が顔を離して目を開くと、少しぼんやりしたような顔をして市井が自分を見つめていた。

「時々、わかんないよね。紗耶香って」
「わかんない? そうかな。何が? 性格が?」
「すんごい年寄りくさい、って思ったらいきなり子供だったりさ。あと、今みたいな顔とか」
「顔?」

 きょとんと肩口に甘えるようにしてもたれている市井を見て、まさにそういう感じ、と保田は思う。

「オトコマエかと思えば、すっごくかわいくなったりさ」
「それ、いい意味で言ってるんだよね?」
「多分ね」

 憎まれ口かわいくないなー、と市井が不満を漏らした。今度は自分が保田をあやしている、ともとれるように髪の毛に指を差し入れては後ろに撫でる。
 保田が腰に手を回すと、市井はかがめた額に唇を軽くつけた。

「圭ちゃんはさ、どっちが好み?」
「ん? 今度はどれとどれ?」
「子供の市井と、大人ぽい市井と」
「さぁー。それはどっちもどっちだなぁ」
「なら、こういうのは?」

 こめかみから、頬へとキスの回数を増やして段々下に移動する。保田の肩を撫でて腕をさするようにじれったく動かして、胸の前で手を止めた。
 片手はそのまま、もう片手は保田の手をとって、自分の胸の前へ持ってきてあてさせた。
 お互いに胸の上に手をあてた格好で向かい合う形で、市井は少し笑う。

「すんのと、されんのは?」
「そう来たか。それも、答えないとダメってこと?」
「そういうこと」

 市井が服の上から保田の胸を上下になぞる。ゆっくりとほぐすようにして動かして、その間に保田は市井の胸元の手を動かして着ているシャツのボタンを外しにかかる。
 途中で、一度短くキスをして、それを合図に市井がもう一度「どっちがいい?」と聞きなおした。

「・・・別に、どっちでもいいんだよなぁ。紗耶香の好きな方でさ」
「そういう返答が、一番困るんだよね」

 前側の開いたシャツの下に保田は手を差し入れた。腋の下から腰に緩く指を沿わせると、ぴく、と小さく身体を震わせたのが伝わった。
 かと思えば、その間に保田の腰と大腿のあたりにちゃっかりと手を伸ばしていたりもしている。
 こういうところがね、背反二律なわけ。自覚してる?
 キスをすると、まだチョコレートの甘さが抜け切らないで喉の奥が乾くような味がする。とりあえずは先に保田が市井の胸元に顔を滑らせた。
 本当に、人を飽きさせないことがうまいなぁ、と保田は耳の近くで小さく遠慮がちに呼吸する声を聞きながら思っていた。

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