29.円陣




※ このお話はフィクションであり、実在の人物、団体、その他某芸能プロダクションなどとは何の関係もありません。



 早く早く、と急かし合って控え室でみな着替えをしている。
 背中のチャックが閉まらないだの、衣装合わせで平気だったスカートがきついだの、てんで勝手なことを言いながらも一人消え、二人消えして、舞台待ちをかねてごそっと人がいなくなった。
 最後に小川が「いってきます!」と敬礼してドアを閉じると、部屋はいきなり静まり返ったかのようにも思える。
 とはいえ、まだステージは続いているわけでもあり、自分たちもしばらくしたらまた出番なわけでもあり、緊張感を解くわけにもいかなくはある。
 同時にそう思ったのか、振り返った保田は、もう次のメイクをすっかり終えた飯田と安倍と顔を合わせた。

「みんな忙しいねー。ウチらにはもう関係ないんだけど」
「そうだね。休憩時間が長くて得した気分だもんね」
「でも出番がないのも寂しいね」

 ちなみに上の発言は上から保田、安倍、飯田。
 三段落としでいきなり話が暗くなる。ちょっと、と安倍が飯田をつつくと、「あ、そっかごめん」ととってつけたように謝る。
 自分たちのいる部屋にまで、通路の先のステージでの歓声の余韻が響いてきていた。

「けど元気がいいよねー。さっき高橋とか汗びっしょりだったからさ、『疲れない?』って聞いたら全然平気って笑顔で答えるの。芝居じゃないところがすごいよねー」
「うんうん。やっぱさー、若いってパワーが違うのかな、十代と二十代の差ってこと?」
「私達も少し前はそっちの仲間だったのに、時間て残酷だね」

 どん。
 はぁ〜、とため息が漏れた。切なくなった保田が飯田をちらりと見ると、飯田はまた「ごめん」と小声で謝った。思い直したようにそこで飯田は「けど、裕ちゃんはウチらなんかよりももっともっと頑張ってたってことだよね」とフォローらしきものを入れてみる。

「だよね。今考えるとどれくらい偉かったかわかるよね。そりゃ『辛い辛い』とは言ってたけど冗談ぽかったし、根性あったよね・・・」
「けど、そのくらいの根性がなければ今こうしてもいなかったわけだよね。お互い」
「・・・今のメンバーには、そんな根性の話をしたって感動もないんだろうね・・・」

 ・・・。
 一応オリメンではない保田が気を遣って安倍を見ると、安倍が慌ててその飯田の発言に訂正を入れようとしてみる。

「そんなことないって。圭織。みんな、ちゃんと私達のことわかってるよ。辻にしても加護にしても、何だかんだいって裕ちゃんのこととか尊敬してるじゃない」
「そうそう! そんな悲観的に考えることないよ。みんな苦労は同じ、でしょ?」
「うん。わかってるんだけどね。時々考えるんだ・・・この先、あの子たちにまかせておいても大丈夫なのかな、って」
「そんな、圭織。それはリーダーらしくない発言だよ」
「うん。圭織がみんなを信じてあげなくてどうするべ!」
「みんなのことは信じてるんだけどね・・・」

 ちらっ、と扉のあたりを見て、それから飯田は一人でため息をついた。なんかやばい感じ。

「これからのことを考えると、どうしても不安になるの。そんなことってない?」
「て、どうしたんだよ。圭織。昔の石川じゃあるまいし、突然そんなこと言い出すなんて」
「あ、もしかしてあれだべか?」
「何? なっち、何か思い当たる原因でもあるの?」
「そうじゃないけど。ほら、よく言うべ? 長いこと大変な仕事をやってきたサラリーマンが、定年とかで突然仕事辞めたとき、無気力状態に陥るって」
「はぁ?」
「だから、きっと圭織はいきなりタンポポっていうやりがいのあった仕事から投げ出されて、それで一時的に無気力になってしまったんだべ!」
「んなアホな」

 飯田は深く深くため息をついた。はぁ、と首を横にふって、指先を額にあてる。脚を組んで、さながらロダンの彫刻のようでもあった。

「・・・世の中すべてがむなしい・・・」
「おいっ! 圭織、しっかりして! ちょっと、なっちも何か言ってあげてよ。圭織がどんどん遠くの世界に行っちゃうじゃないか」
「あ、えーと、圭織。しっかりするべ。何も、タンポポだけがユニットじゃないべさ」
「そうそう。圭織にはまだ『モーニング娘。のリーダー』って大事な役目が残ってるじゃないか」
「・・・それも、歳をとったらついていけなくなって、いつかは肩を叩かれる運命なんだよね・・・」
「そんな、ねぇー、えーと。(あたしから何を言えっていうんだよ!)。なっち!」
「あ、はいっ。えー、圭織。モーニング娘。だけが芸能界じゃないべ! 圭織にはきっと、例えばこの先モデルとか、女優とか、沢山の可能性が秘められているんだべさ」
「そっかな・・・」
「「そうそう!!!」」

 保田と安倍は二人で思いっきり首をタテに振った。
 飯田はその言葉にほんの少し微笑みを見せてくれたので、一瞬安心しそうになったのだが。

「・・・けど、ずっと続けたいって思う歌は、もしかしたら続けられないかもしれないんだね」
「はい!」
「圭織の夢はね、沢山の人に届く、夢を与える歌を歌い続けることだった、んだ」
「そ、それはあたしだって。ね? なっち」
「なっちだって同じだべ。圭織、それはモーニング娘。になるために二人で上京したとき、何度も話合ったことだべさ」
「もう、夢を見続けるのは疲れたよ」
「圭織ぃ・・・」
「きっと、数年して、中途半端に売れない女優になっちゃって、視聴率のないドラマかクイズ番組にちょろっと出るだけになって。そんでいよいよぎりぎりってところでマージンのパーセンテージの少ないヌード写真集でも出さないかって言われるようになるんだ」
「・・・」
「モーニング卒業してからも歌いたいなんて言っても、もうつんく♂さんだって旬はとっくに過ぎてるし、そのとりまきどもだって大した実力もないし、事務所にだって実力のあるアーティストを拾ってくる力なんてないし、あとは落ちていくだけ・・・」

 はぁ。とため息が出た。いやに密度がある、どす黒い色もついていそうなほどのため息だった。
 保田はしばし言葉をなくして、飯田の目の前に立ち尽くしているばかりである。なんと言って慰めていいのかわからず、隣でやはり黙ったままの安倍を見下ろした。
 安倍は、目を潤ませてちょっと震えているかのようでもあった。

「ばかっ! 圭織、見損なったべーっ!」
「な、な、な、なっち!」
「そんな弱気で、どうするつもりだべ。いつか、なっちを目の敵にしていた圭織はどこに行ったべさっ」
「なっち、顔。顔はやばいって」
「そっか」

 振り上げた手を、一度保田が止めて、安倍は少し考えてから、えーと、と考えて手刀を作って飯田の脳天にチョップを落とした。
 真ん中に突き刺さるごとくに命中して、飯田はあつーっ、と頭を押さえる。

「圭織! しっかりするべさ! なっちは・・・なっちはそんなことを言う圭織なんて嫌いだべ」
「なっち・・・」
「悲観的に考える未来なら、悲観的にしかならないに決まってるべ!」
「(いいことを言っている・・・)」
「歌いたいなら、歌うべきなんだべさ。何があっても、自分の信じたことを貫く努力をいつまででも続けるべきだべーっ」
「そう、そうだよ。圭織。あたしだって・・・ほら、二人よりもちょっと早く、ね?」
「圭ちゃん・・・」
「けど、あたしは歌うことが好きだし、他にどんなことがあっても自分の歌声を誰かに聞かせるっていうことから逃げようなんて思わない。この先何があるかそれはまだわからないけど、だけど・・・あたしはいつまででも歌っていたいんだ」

 ぐっ、と拳をにぎって保田は言った。
 安倍も、あわや泣き出す寸前の顔でぽかんとまだ半分放心状態の飯田をにらみつけている。
 保田は安倍の肩を叩いて引き寄せると、一緒に座ったままの飯田の前に跪いた。手を取って、三人で取り合うようにして重ねる。

「圭織。もしこの先娘。がどうなろうとも、もしあたしたちがいつかみんな娘。でなくなる日が来ても、あたしたちはいつまでも娘。だよ」
「圭ちゃん」
「なっちもそう思うべ。だから、落ち込むよりも先に、未来に希望をもたないとダメだべ」
「なっち・・・」

 ぐすっ、と3人で鼻をすする。けど、まだ飯田は不安を完全に吹っ切ったわけでもなさそう。

「でも、この先。自分がやりたいと思っても歌えなくなることだって、きっとあるよ・・・」
「あるかもしれないけど、それはみんなで乗り切ればいいんだよ!」
「そうだべ。何もつんく♂さんだけが作曲家じゃないべ! もし、誰もいい曲をつくってくれないなら、自分で作ればいいんだべ」
「・・・」
「もし、そうなったら、三人で再出発しよう」
「なっち、圭ちゃん」
「圭織。いつまででも、あたしたちは仲間だよ」

 ぐっと、握り合った手をとりあって、3人涙ぐむ。
 ううう、と保田と飯田が涙を拭おうとしたとき、安倍はその手を止めた。

「ダメだべ。二人とも。ここで拭ったら瞼が腫れるべ。下を向いて、メイクを落とさないように泣くのがプロだべさ」
「そうだったね」
「ありがと、なっち」
「どういたしまして」

 数分後、ユニットメドレーが終わって他のメンバーが戻ってくるのだが。
 その時控え室で3人が円陣を組んでいたように見えたのは、見間違いではなかったりもするのだった。

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