15.裏技




 ここにもいない、と視線を変えた通路の先。そこで見えた光景に、斎藤瞳(メロン記念日・20歳)は進みかけた足を止めた。反射的にさっと壁の脇に身体を隠してそっとその先を覗き込む。
 廊下という場所ながら、数人集まってわいわいと話をしている現場だった。

「・・・保田さん、昨日電話終わったらくれるって言ってたじゃないですか!」
「あ、それね。ちょっと帰りが急いでてさ。ごめんね」
「もうー、今度こそちゃんと一緒にどこか行きましょうね」
「え? それっていつ頃?」

 壁際に追い詰められたらしい保田。それに詰め寄るように二人が順に歩を進めていた。
 顔を見て確かめるまでもなく、声からしてもそれは石川とアヤカであるらしい。斎藤はそう珍しいとは思わないまでも、気になりつつ会話の行方を探る。

「あ、そういえばアヤカってもうすぐ誕生日だよね。今年って何かパーティーみたいなのすんの?」
「覚えててくれたの! 圭ちゃん大好きー。ありがとうっ」
「え? あ、保田さん!?」
「ん? 石川って、なんかあったっけ?」

 抱きつくアヤカをそれに焦る石川とが微妙な感じになっている。その後の話し合いで、保田はそれぞれ買い物と食事とを二人に約束させられてしまったらしい。
 絶対ですよー、と念を押して別れる二人に手を振って、保田は軽く汗を拭ったようにも見えた。
 ふぅん、と斎藤は持っていた紙コップから残り少ないコーヒーを飲み込む。

「(保田さん。そんげことしてられんのも、今のうちだけらんだっけね。※注:そんなことしていられるのも、今のうちだけなんだからね)」

 斎藤はふふふふふ、とはたから見ると微妙に怪しげでもある笑い声を上げた。そうなのである。今日からの斎藤は今までの斎藤とは一味違うのだ。
 それまで、自分は大きな誤解をしてきたのだと思う。
 いや、正確に言うならば保田圭という人に対しての認識を誤っていたとでもいうのだろうか。

「(うかつらったて。なんでこんげことに今まで気がつかねかったんろっか。※注:うかつだった。どうしてこんなことに今まで気がつかなかったんだろうか)」

 保田さんはみんなに優しい。それに、それが直接の理由がほかに何か要因でもあるのか、とにかく仕事を一緒にする仲間内での信頼がかなり厚い。実際、石川、アヤカあたりの特に慕っている人間を筆頭に沢山の人からの相談相手にもなり、食事や遊びにも行く仲でもあり。
 要するに今ある仕事の人間関係の中でもかなり重鎮としての役割を担うところまで行っていると言って過言でもないわけである。
 つまり、それを逆に考えれば。である。

「(みんなに尊敬される保田さん→その保田さんに気に入られている又は認められる人間になる→結果としてみんなに尊敬される→(゚д゚)ウンメテバー ※注:(゚д゚)ウマー)」

 と、いうことである。
 今までも、保田さんの態度を見る限り自分に対してそう悪い感情を持っているわけでもなさそうだし、とにかく何かきっかけをつくって取り入ることが出世へと第一歩なのではないか、と斎藤としては思うのである。(←思い込みであるが、それについては気がついていない。)
 斎藤は石川、アヤカ両者が立ち去ったのを見て、よし! と気合一つ入れて廊下から顔を出した。

「やっすださぁ〜ん!」
「うんー? あ、斎藤じゃん。仕事はもう終わりなの?」
「そうなんですよー。保田さんはどうですか? 今日はこれからの予定は?」
「えーとね、あとはちょっと明日の打ち合わせだけして。それが終わったらもう上がりかな」
「(ラッキー)」

 実際そんなことではないかと思って他のメロンな連中が帰ろうとしていた時に変な理由をつけてこうして居残っていたわけだから当然といえばそうなのだけれども。
 斎藤はさっきの話の様子から、今日これからについては先の両者とは約束をしているわけではないということを確信しつつ、保田にアフターについての約束を持ち出してみる。

「じゃ、終わったら私とどっか行きませんか? 待ってるんで」
「へぇ。斎藤からそんなふうに誘うなんて珍しいね。えーと、うん。別にいいけど」
「まじですか!」

 あまりにもうまく行き過ぎたことにびっくりしてしまう斎藤瞳。
 しかし、それもきっと白山神社か弥彦神社あたりの神様が与えてくれたチャンスなんだと前向きに考えて、斎藤は速攻でOKをとりつける。
 しかし、そこで安心しきるわけではない。ツメを甘くしてはいけないのだ。

「あの、保田さん。他にも誰かと約束してません?」
「あ、そっか。今日は・・・いや、誰とも何にも約束してないかな。さっき石川とかに声かけとけばよかったかな。こうなるんだったら」
「いえ! あ、いえ。石川さんは今日ちょっと遅いみたいだし。いいんじゃないですか。だって今度すぐに一緒にどこか行くんでしょう?」
「良く知ってるね。誰かから聞いたの?」
「いやー。それについては話すと長くなるのでそのうちに。いーじゃないですか」
「ま、いっか」

 そんなことで約束をつけて、保田は打ち合わせへと消えた。その後、何人か保田を探しに斎藤に話し掛けた輩もいたが、それを適当な理由をつけて追い払う。
 うまい具合にそれも無事に済んで、保田は思っていたよりも早く斎藤のところに朗らかに戻って来た。

「お待たせー。斎藤、で、どうすんの?」
「どうって、何がですか?」
「あたしを誘うくらいだから、どこか行きたいところとかあるのかなーって・・・思ったんだけど」

 しまった。誘うことに夢中でどこに誘うかを考えていなかった。
 斎藤は、自分に舌打ちしつつその場で頭を悩ませる。何かなかったっけ。あ、いや。めんどくさいから余計な間を挟まない方がむしろ。

「あのですね! 相談・・・そう、相談があるんです」
「相談? あ、そうなんだ」
「はい。だから、斎藤としてはぜひこれから保田さんのお家におじゃましたいとか思うんです」

 斎藤はぐいっと保田に詰め寄った。こういうときは強気で押し切るに限るのか、保田は最初突然の押しかけにびっくりしたようでもあったけど、すぐに、こくん、と頷いた。
 やったてー。こっらったらすっげうまくいくかもしんねてー。(※注:やった。これならすごくうまくいくかもしれない。)
 そんなふうにして保田の部屋に到着する。
 二人で持ち帰りで買ったファーストフードを開いて一緒に遅い夕食をしながら話をすることにした。

「保田さん、あのぉー。率直に聞くんですけど、保田さん私のことどう思ってますか?」
「どうって? うんと・・・斎藤だと思ってる」
「そんな当たり前なことを聞きたいんじゃないんです! もっと、保田さんが、私をどう思っているかってのが聞きたいんです!」

 食べかけのパンを片手にどん、と斎藤はテーブルを叩いた。保田はきょとんとしながら「そうだなー」とカップのストローを口につける。
 斎藤はその答えを待つ間に持っていたパンの残りを口の中に全部放り込んだ。

「いつも、頑張ってるな、って思うよ」
「は? あ、そう・・・ですか?」
「うん。偉いなって思うときもある。それに、明るいなって。ムードメーカーだもんね、斎藤は」

 言われて、うっ、と喉に詰まらせそうになった。げほげほ、と咳き込むと保田は背中をさすって「大丈夫?」なんて言ってるし。
 いやいや、そんなことで矛先をそらされてはいけないのだ。斎藤は体勢を立て直そうと試みる。

「や、保田さんは、じゃぁ・・・その。私のこと・・・」
「斎藤?」
「好きですか? 私のこと、好きって思ってますか?」
「・・・うん」
「あり? そうなんです?」
「うん。大丈夫、何があったか知らないけどさ。あたしはちゃんと斎藤のこと好きだし、応援するからさ。自信持っていいよ。ね?」

 ね? 言われても。
 何か違う。シュミレーションしてきた内容とは決定的に路線を外してしまっているような気がする。
 そのズレに斎藤はようやく気づきつつあるところだった。

「あ!」
「え? どうしました? 保田さん」
「ごめん、斎藤。あたし明日ちょっと早くてさ。とりあえずお風呂だけ先に入ってくるから、適当に待っててくれる?」
「それは・・・いいですけど。着替えも出しとくし。テレビとか好きに見ていいよ」

 と、保田は早々にお風呂場へと消えた。
 残された斎藤は何気にテレビのスイッチを入れて映る映像を眺めながら、その妙なズレはどこから来るのだろう、と考えてみた。
 なぜ、ここまで思惑とは違う運び方になってしまうのか。
 いや、今はそのことを悔やんでいる場合じゃない。大事なのは、これから朝までの間に、どうやって保田さんに自分のことを印象付けることができるか、だ。

「(この手だけはあんま使いたくねかったけど、しかたねぇいね。※注:この手だけは使いたくなかったけど、仕方ないよね)」

 斎藤は保田がお風呂に入る直前に出しておいてくれていた部屋着に腕を通して、その自分の姿をちらっと姿見で見てポーズをとってみた。
 仮にも自分は「セクシー担当」なのだ。痩せても枯れてもそういうことになっているのだ。
 やがて、背後で保田があがった音を聞いて、入れ替わりに自分もお風呂をもらうことにした。
 勝負はこれがあがってから。そう思って気合を入れて身体を洗って、意を決してバスルームを出た。
 出てみるとそこではテレビが消えていて、居間を抜けたところにある寝室で、保田はベッドに入って読書をしているところだった。
 半開きの扉をゆっくりと開くと、保田は自分がいることに気がつかずに本に目を落としているところらしい。斎藤はよし、と拳を一つ握って、その部屋の入口へと入った。
 入口脇にある電灯にそっと指を置く。

「ん?」
「保田さん・・・」
「あ、斎藤あがったんだ。電気消してくれたの?」
「えーと。はい、そうです・・・」
「あのさ、ベッドだといっつもあたし寝てるから悪いかなって思ってさ。ベッド脇にお客さん用に布団敷いておいたからさ、そこ使っていいよ」

 保田が多分さっきまで読んでいたらしい本を置く音がした。
 斎藤はゆっくりと足元に気を遣いながら歩いて、ベッドの前まで行って保田の隣に腰掛けた。手探りで保田の手らしいものにも触れる。

「どうしたんだよ。斎藤? 布団は下だよ」
「いえ。斎藤はこっちにします、ベッドの方がいいんです」
「そうなの? 仕方ないなぁ。じゃ、あたしが布団に・・・」
「保田さんと一緒がいいんです!」

 と、強引に保田の隣へともぐりこむ。保田は「なんだよー」みたいなことを最初は言ったらしかったけど、広いベッドでもあるし、すぐになるように隣で斎藤と肩を並べる。

「意外と甘えたがりなんだね。斎藤は」
「誰にでもってわけじゃないですよ。保田さんだからですよ」
「いやー、そんなこと面と向かって言われると照れるじゃないの」

 ぱしっ、と肩を叩かれてしまう。
 うーん。こんなはずではない、のだけど。しかし、それで今更後ろに引き下がるわけにもいかず。

「ちゃんと聞いてください。保田さん。斎藤はですね、保田さんのことをとっても尊敬しているんです」
「・・・ん?」
「尊敬もしてるけど、もっと仲良くなりたい、とも思っているんですよ」
「はぁ・・・」
「だから、今日はですね。保田さんとぜひ、もうちょっと近く・・・」

 さすがに緊張しながら手を伸ばす。保田の肩に手が触れて、斎藤はごくり、と生唾を飲んでからその手を上に上げた。
 肩から首のあたりに手を動かして、頬に添えるように・・・

「ん?」
「! あ、ごめん。斎藤、どうしたの?」

 唇のあたりに触れて、びくっ、と保田の身体は動いた。しかし、それはいわゆるそういう意味ではなくて、保田は謝りつつ斎藤の手を握って下におろさせる。

「ごめーん。今日疲れててさ。すっごい眠いかも・・・本当にごめんね」
「はぁ・・・」

 斎藤が暗い中で目をぱちくりとさせる間に小さく保田が欠伸をするような声が聞こえた。やがて、もぞもぞ、と身体を丸くする。
 おーい、と数分して呼びかけてみるものの、すでにその時には反応がなかった。

「(寝てんじゃねーてばーっ! おめ、何考えてんだて。こんげおいしい状況らねっかーっ!!! ※注:寝てるんじゃなーい。あなた、何を考えているんですか。こんなおいしい状況で!!!)」

 つまり、作戦は失敗。
 ハロプロ人間関係の裏技的のっとり計画も今日は完全に中座。
 いや、諦めてなるものか。今日がダメなら明日がある。明日がダメなら明後日も。

 斎藤瞳は、すっかり寝入ってしまっているらしい保田の顔を見下ろし、一つため息をついた。
 そして、おもむろにきていたパジャマを脱ぎだす。明日の朝、寝ぼけて何かされたことにしてしまえばいいのだ。
 しかし、それも次の朝や寝坊してしまう保田に脱いでいることすらほとんど気がつかれずに出て行かれてしまうという憂き目を見ることになるのであった。

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