3. Tea For You



 実家から珍しいお茶をもらったから、家に遊びに行ってもいいですか?
 なんて誘い方をする必要があるのかないのかわからないけど、そう言い出した石川の態度がちょっとおもしろかったものだから、保田は何も反対しないでそれをそのままOKした。
 最初そんなふうに言われたときは、その「お茶」とやらはただの口実で、本当の目的はもうちょっと別のところにあるんじゃないか、なんて自惚れ半分に思っていたりしていたのだけれども。

「こんにちはっ! 保田さん。遅くなってすみませんんでした!」
「あ、いや。全然遅くなんてないよ。平気・・・」

 約束の午後2時を、ほんの数分だけ遅刻して、保田の部屋のチャイムを鳴らした石川梨華。
 なぜか、両手には大げさすぎるんじゃないかって思えるくらいの荷物を抱えている。

「それ、何? なんでお茶飲むのにそんなもの持ってきてるの?」
「なんでもないです! あの、石川にも色々と都合というものがあるんです」

 気にしないでください、と言った石川を先に部屋に入れて背中を追いつつ、こっそりとその中身を探ろうと観察をしてみる。
 大きなカバンは、デパートの「旅行」コーナーにでも並んでいそうなしろもので、中もそれに似たものでも入っているんじゃないかとさえ思えた。
 しかし、衣類とかにしては時々揺れるたびにごつごつと固そうな骨の筋がカバンの形を変えているのがとっても気になる。
 居間に先に到着した石川は立ち止まって、さっき気を遣って掃除した部屋で、「よし!」と腕まくりを始める。

「あのさぁ。石川?」
「なんですか?」
「その・・・なんだなぁ。あの、そんなふうに気を遣ってくれたりしなくても・・・だから・・・」

 もしかして、そのまんま言うのが恥ずかしいってだけなんじゃないの? だから、要するにその荷物とか。本当はお茶とかそういうのとは関係なくって、本当に「泊まる」とかいう目的があったり・・・
 だけど、せっかく向こうが隠そうとしているのを、わざわざ蒸し返してつっこむのもあんまりにも無粋ちゅうか気が利かないような気がして、保田はそこで話を止めた。

「あの・・・保田さん。すみません、座ってもらえます?」
「あー、はいはい。これでいい?」
「はい! じゃ、おとなしくして。私の目を見てください」

 居間のソファーに保田を座らせて、石川は手元にカバンを置いてその正面に座った。保田はちょっと緊張気味に、それに正しく向かい合う。
 石川が、じりっ、と身体を寄せて、保田の瞳をまっすぐに覗き込む。

「保田さん。まずは石川の話を聞いてくれますか?」
「う、うん」
「思えば石川は、今まで保田さんにたくさんのことを教えてもらったり、助けてもらったり、とにかくいろいろとお世話になったりしてきたわけです」
「そう? なんだよー、いきなり改まって」
「今日は、ささやかなんですけど、石川はそれに対してお礼をしたい、と思って来たんです!」

 がばっ、と身体を起こしたものだから、保田ははからずも身構えてしまいそうになる。しかし、石川は一瞬保田の手を握っただけで、すぐに自分の後ろのカバンを引っ張り出した。
 いきなり真ん中からチャックを広げて、中からずるずる、と大きな敷布のようなものを取り出した。

「な、何を始める気? これって?!」
「実家の、そのまた実家からなんですけど。これ、本場の紅茶なんです!」
「本場は本場でも! それとこれってどういう関係があるってのーっ」

 テーブルの上に最初から乗っていた置物とか雑誌とかを下ろしてどけて、石川は民族的な染物の敷布を最初にそこに敷いた。それから、丁寧に皺を伸ばして、二人分のランチマッチョ状の小さなナプキンを並べて置いて、それからさらにカバンから小さな異国の置物と、飾りロウソクを置く。

「何をどうしたいわけ? これがお茶?」
「保田さん! お湯を火にかけてもらえますか?」

 言われるままに保田はテーブル設定を終わった石川に引きずられて台所に入る。そこではお湯の沸かし方を細かく指導されたり、持ってきたバスケットから取り出したお菓子元を作ろうとしていたり。
 よくよく見ると、石川は手元に小さなノートを持っていて、それを一生懸命に再現しようとしているらしかった。
 沸騰したお湯の中に入れると水道水の臭さが消えておいしい水になる、という錠剤を入れようと指をヤカンの縁にかける。

「あちっ!」
「ほらーっ。たく、なにやってんの。石川はぁっ」
「すみません・・・」

 勝手の知らない台所で不器用に立ち回る石川を、はらはらしつつも見守りながら、保田は時折取り出してはチェックをしようとするそのノートを読もうと試みる。

「ダメですっ! これ、保田さんは読んだらダメなんです」
「なんでだよー。だって、あたしもそれ読んだ方が、早く準備できるんじゃないの?」
「ダメなものはダメなんです。これは、石川が、保田さんに作ってあげるところに意味があるんです」

 じゃ、こうして手伝うのもNGののような気もするけど・・・
 そんなことには気がつかないのか気にしないことにしているのか、今度は溶かしたバター(これも持ち込み)をざくざく、と混ぜてフライパンに少量の水を入れた中にホイルで包んで入れる。
 オーブンとかでなく作るその方法に、ちょっと保田は感心してしまったりもした。
 これだと、後片付けも楽だし、早くできるんですよ、と笑う石川である。次には得意げに保田の頬を指差した。自分の頬を指差して、保田の顔を見る。

「保田さん、ここに小麦粉が・・・」
「そう? こっち?」
「石川が! 石川が拭きます! こっちへ」

 ぐいっと身体を引っ張って、自分に顔を傾けさせる。石川は手近にあったタオルで、一筋ついた白い線を、丁寧に拭った。
 真剣に、自分の横顔を見ている顔が、触れんばかりの距離にあったりするのではあるが。

「・・・あの、石川?」
「は、はい。なんでしょう・・・保田さん」
「・・・ごめん。それ、ゾウキン・・・」

 ひゃぁっ、と平謝りに頭を下げる石川の横で、フライパンから湯気と一緒においしそうな甘い匂いが立ち上って、まるでジョークかコントのようなお茶の準備がようやく終わる。
 先に、と保田を今の椅子に戻して座らせて、石川はうやうやしくヤカンからポットにお湯を注いだ。
 入れ終わってすぐにフタを閉じると、カチン、と子気味の良い音がした。

「さて。そろそろいいんじゃない?」
「え? 何がですか?」
「何? って、そりゃ、どうして急にこんなことをあたしの部屋で始めたかってこと」

 石川はポットから手を離して、それから足を正座させてうつむいた。まるでお説教でも始めるかというような体勢だな、と保田が思ったくらいだ。

「実は、このお茶のセット。遠い親戚の人が行った海外旅行のお土産なんです」
「ま、そんなとこだろうね。随分珍しいし、それに随分変わってるもんね」

 まだお茶の注がれていないカップを持ち上げて保田はその横に刻んである文字を見た。簡単に解読できるものではないけど、どうも単語が3つ並んでいるようである。
 ただの飾りとも思うけどちょっと気になって保田がその文字のことを尋ねると、石川は顔を真っ赤にした。大当たりらしい。

「『Tea For You』だそうです。英語で言うと」
「『お茶をあなたに』? 随分当たり前なことを書くんだね・・・」
「あ、さっそくですけど、保田さん。お茶を飲みませんか?」

 渋くなる直前のお茶を注いでもらって保田は一口飲む。紅茶のような、そうではなくて似ている別のものとも思えるうような。不思議な味のするお茶だった。
 どうですか? と石川が聞いてきたので、保田はその香りを改めて吸い込んだ。

「うん・・・味は、まずまずだけど。すごくいい香りがするよ」
「ど、どうですか! おいしいですか?」
「おいしい、のかなぁ。なんていうか、クセがあるから・・・」

 もう一度口に運ぶ。
 最初に飲んだ時感じた渋みが、二度目にはなんだか後を引くような感じがして。独特なんだけど決して嫌な感じじゃないというか。
 保田はそれを上手に言い表せそうな言葉を捜した。
 目の前の石川があんまりにも一生懸命で、一番上手にそれを伝えないとものすごく失礼なんじゃないかって、そんなふうに思えた。

「・・・好きに、なれそうな感じ」
「本当ですか?!」
「うん。一度覚えたら、中々手放せなくなりそうな、そんな味かな」

 ふわっと目の前を、小さなロウソクに灯された火からの煙が横切ったように見えた。それが通り過ぎると、そこには石川が泣きそうな顔で自分を見ている。

「・・・これ、占いみたいなものなんです」
「え? あ、そう、なの?」
「はい。これは、一番大事な人に、心を込めていれるための道具なんです。その、自分の気持ちが、そのまま味になって伝わるように・・・。そうすると、相手が自分をどんなふうに思っているかがわかるから、って」

 かぁっ、と今度は保田が顔を紅くした。
 じゃ、さっきの自分の感想は、だからつまり・・・自分の・・・
 保田は顔を押さえてちょっとその表情を隠すようにして、それから手元にあったスコーンを一口分ちぎった。
 ぽいっと放り投げるようにして口に入れたそれは、お茶の味うんぬんとかではなく。

「うわっ。ちょ、石川ぁっ。これーっ」
「え? ダメですか? それ、おいしくないですか?」
「おいしくなーいっ。最低ーっ」

 何をどう間違えたのか、そのスコーンはしょっぱくてパサパサしてて、とてもお茶請けに合格点はつけがたいようなもの。石川もそれを一口食べて、うわっ、と顔をしかめた。

「すみませんっ。わー、失敗してます」
「たく、余計なことしようとするからだよ。あんたはいっつもさぁ」
「余計、ですか? そうですね・・・」
「もともと、応用の利かない性格してるんだから、できることをきっちりとしなきゃだめっしょ」
「は、はい・・・」

 しゅん、としょげ返った石川を椅子に座ったまま見下ろして、保田はまだ半分ほど残っているお茶をもう一度口に含んだ。
 しょっぱすぎるくらいのお菓子を食べた直後だからか、今度はほのかに甘く感じる。

「・・・不器用なんだからさ。あんた、あたしに似てて」
「そんなこと! 保田さんは・・・」
「見てて歯がゆいことだってあるんだよ。頑張ってるところ、わかるし。それは、すごいって思うよ」
「・・・?」
「そういうところ、だからあたしはさ・・・」

 だから、あたしは。
 その先をどうつなげようか、と保田がものすごく迷っていたその時。
 ものすごく不器用に、石川はカップの前に置かれている保田のものに自分の手のひらを重ねていた。

 さっき飲み込んだお茶が胸の中で、ほんのり内側から自分のことを温めてくれてるみたいな、そんな感じが保田にはしていた。

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