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13.お昼寝
終了の声がかかって、小川はダンスの最後のポーズを解いた。
思ったよりも時間がかかったせいで、一緒に踊っていたみんなも自分と同じようにちょっと疲れて、それでも終わったことにほっとしたような顔をしている。
ライブのステージに立つことにもだいぶこなれてきたけど、まだまだ本番前から緊張するクセが抜けない。終わって大きく息をついて飲み物に手を伸ばそうとしていた。
「あれ? 圭ちゃんは?」
「さっきまでいたはずなのに。どうしたんだろ?」
うん? と小川は後ろから聞こえたその声に辺りを見回す。汗を拭きながら空の会場を見回すけれども、そこにはそれらしき人影がない。
いつもだったらまだ自分の出番でなくてもその辺でみんなの動きを追ったりしているはずなのに。おかしいな、と小川は後ろでそうする先輩たちと同じようにそこにはいない保田の影を捜した。
「保田さん、いないんですか? もう出番でしたっけ?」
「ううん。そうじゃないけど、ただおかしいなーって思って」
と、次の出番である石川が軽く柔軟しながらそう小川に言った。隣にいる後藤もなんとなく落ち着かない様子でそれに顎をうつむかせる。
小川は一気に飲み終わったスポーツ飲料の缶をゴミ箱に入れて、汗を拭きながら二人の顔を見た。
「よかったら、私が捜して来ましょうか? しばらく出番ないし」
「そう? ・・・あ、でも。いいよ。そこまでしなくても」
「そうですか?」
小川も疲れてるんだから、しばらく休んだら、と優しい一言をかけて石川はステージの点呼に飛び出して行った。後藤なんかもちょっと不満そうだったけどそんな石川に続く。とにかくそんなふうにして次のリハが始まってしまったものだから、小川は邪魔にならないようにと舞台の裾から離れた。
「麻ー琴っ。お腹へらん? あっちにお菓子あるって」
「愛ちゃん。あ、ごめーん。それなんだけど」
笑顔で走ってきた高橋を振り返って小川は最後の汗を拭いた。さっきまで一緒だった面々はもうその差し入れをもらいに移動してしまったのかほとんどいない。高橋だけが自分を待っていたんだな、とわかって心の中で感謝する。
「悪いけど先に行っててくれる? そんでさぁ、よかったら私のぶんとっておいてくれる?」
「うん。それはいーけど。どした? なんか用事?」
「そんなとこ。ちょっとした野暮用だよ」
小川は笑ってごまかしてステージの前を抜けて、そのあと関係者用テントのあるエリアから反対に脚を向けた。一瞬後を追いかけた高橋を足止めして、早足に駆けながらくるっと振り返る。
「すぐもどるからさぁーっ。ねー、お願い」
「わかったー。じゃ、早く戻ってなー」
高橋に手を振って小川は一つ丘みたいになっている芝生を越えた。屋外ステージのテントでは休憩用と控え用で右左に分かれている。
濡れたTシャツを着替えたいのとがあって、小川はお菓子よりも先にとその休憩用のエリアへと向ったのである。・・・もしかしたら、っていうのもあって。
緑の丘を越えて白いテントの中に、「すみませーん」と一声かけて中に入る。
入口の幕を開く前に耳を澄ますけど、返事はなかった。
「(ここじゃなかったのかな・・・?)」
小川は音を立てないようにそっとカーテンを開いて中に入った。風通し良く小さな窓が開いて薄く暗い中を、自分のバッグを置いていた場所へと進む。
「うー・・・」
「あ!」
バッグにかがみこもうとして思わず声を出した。やっぱりここだったか、って思う。
確か始まる前に衣装を入れる行李がベッドに似ていて妙に寝心地が良さそうって話をしていたことを思い出したのだ。思ったとおりに、その上に気持ち良さそうな顔をして眠っている。
「・・・保田さぁーん」
「ん・・・」
「起きませんかぁ? 石川さんとか、後藤さんとか、待ってましたよぉー」
囁くように小川が言うと、保田は「んー」と手のひらで目の前を押さえた。けど、眠気に負けたのかすぐにその手をどかせて無防備すぎるくらいの寝顔を上向きに見せた。
小川が自分のTシャツを替えて、それから改めて見下ろすと、ものすごく穏やかな顔を自分に向けているかのようでもある。最初はそれにゆっくり手を伸ばして、ちょん、と前髪のあたりをつつく。反応がない。
一旦身体を離して、きょろきょろ、となんとなく周囲を窺って、それから小川はもう一度手のひらを伸ばした。そっと髪に触れると、とても自分よりも7つも年上とは思えないくらいに無邪気に思える。
なかなか深いらしい眠りに強気になって、小川は保田の眠っている行李の上に腰を下ろした。
もう一度髪の毛に手を触れる。
「子供みたいですね。こうしてると」
さらにもうちょっと調子に乗ってそんなことまで言ってみる。だって、本当にそう思えたんだからしょうがない。
普段はみんなにからかわれたりしながら、けどちょっと一目おかれちゃったりしてて。石川さんとか後藤さんとか。それだけじゃなくって他にもたくさん、頼られちゃったりしてますもんね。
「疲れてるんですよね。保田さんは。お疲れだぁー」
考えてみれば二人っきりで何か真面目な話ってしたことなかったし、この先もそういうチャンスが来るかどうかっていうのも微妙だし。今日こうして探しに来てみたのも実はそういうのちょっとはアテにしてたりするのもある。
小川は軽く触れていた髪から手を離して、それからもう一度慎重を喫して自分の入って来た入口と窓から人の気配を探った。誰も来ないよね、というのを確かめて、一つ咳払いをする。
ゆっくりと、眠る保田に自分の顔を寄せてみる。
「・・・いつか、でいいですけど。保田さん」
「・・・んー」
「私にも、甘えさせてくださいね。いっつも別の人にとられちゃうんだから」
「・・・わかったぁ・・・」
寝ぼけたように保田が言った。小川はその声に最初はびっくりしたけど、すぐにそれがただの寝言で平気だってことがわかると安心して顔を離した。
耳を澄ますと、地鳴りのようにステージでリハが続いている音がする。
そろそろ、愛ちゃんが心配してるかな。とか思って小川は名残惜しくも行李から腰を上げた。
まだ眠る保田の脇にある、小さな時計を手にとって、手早く数分後をセットしてもとに戻した。
「遅れないでくださいね。保田さん」
「・・・うん」
随分はっきり寝言言う人だな。と小川は思いながら、とりあえずは起こさないでその場を去ることにした。カーテンをまくって外に出ると、まだ続いているらしいリハーサルの音と一緒に誰かの走る音。
思ったとおり自分を捜しに来たらしい高橋に小川は手を振って駆け出した。
*****
その夜。
無事にステージも終わって、ホテルの部屋の中でそれぞれがくつろいだり休んだりとしていた時間になったころ。
石川がちょっとした用事で小川の部屋を訪れたところ、見慣れない光景を目にしてしまった。
石川が入って来たのがわかると、保田は指を自分の唇の前に一本立てて、「しーっ」と目で合図を送る。
「どうしたんですか? 保田さん、こんなところで」
「実はあたし、ここに忘れ物を届けに来て、それでちょっと話なんてしてたんだけどそしたらよっぽど疲れてたのか小川が途中で寝ちゃってさ」
「そうなんですか?」
見回すところ、同室のはずの高橋の姿が見えない。音で起こすことのないように、お風呂をもらいに別の部屋に今出ているんだ、ということだった。
「こうやって見ると、かわいいよね。この子さ」
「そうですね。まだまだ子供ですよね」
「頑張ってるよ、本当にさ」
と、保田は眠る小川の髪の毛を軽く撫でた。小川はくすぐったそうにその手を避けるようにちょっと横になった体勢を変える。
それを見て保田と石川は顔を見合わせて笑った。
「全くー。絶対この子甘えん坊さんですよね!」
「あんたに人のことは言えないけどね」
ちょっとうらやましいけど、今日は邪魔しないであげるよ。と石川は見下ろして心の中で呟く。
保田はベッドに座っている自分の腿を枕に、すごくいい夢を見ているように微笑んでぐっすりと眠っている小川の頭に、ねぎらうように優しく手を触れた。
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