6.Ring My Bell




 最初にそれを見つけたのは、実は市井の方だった。
 ちょうどその時回っていたツアーの途中で、たまたま金属加工が名産の場所で時間を潰す機会があったりして、時間の許したお土産屋さんでのちょっとした思いつきだったんだ。

「ね、後藤。これかわいくない?」
「うん。かわいーね。市井ちゃん買うの?」
「後藤も買わない? 色違いであるよ」
「じゃ、そうするー・・・」

 そんなことで二人おそろいの小さな鈴を買った。きれいな真鍮の飾りに、細くて長めの紐がついている。普通であったらそれをカバンにくくりつけたりするはずのものだろう。
 しかし、そうでない用途をその日の夜に発見する。その日泊まったホテルの一室で。

「そうそう、後藤。あんたまた今朝寝坊したっしょ」
「あーっ、そうだったっけ。ごめーん。頑張って起きようとしたんだけどさぁ」
「せっかく目覚まし持ってきたのに役に立ってないじゃん」
「うーーーん、と」

 ずるずる、と身体をベッドの上で引きずって、後藤はベッドの脇にいる市井の隣に行った。ごろんと寝返りを打って立って明日の洋服を枕もとに用意している市井を枕を抱えて見あげた。
 ふぅ、と市井はその許しを乞うような甘えた目つきに一つため息をついて、「ほら、そこどいて」と後藤から枕を取り上げて隣に座った。手持ち無沙汰になった後藤がまた身体をうつぶせに回転させる。

「逆に後藤が不思議ー。どうして市井ちゃんそんなにちゃんと起きられるの?」
「どうしてって、普通人間は目覚まし時計が耳元で鳴ったらきちんと起きるようにできてんの」
「できてないーっ。だってさぁ、昨日だって市井ちゃんと同じ時間に寝たのに、どうして後藤だけ起きられないなんてことになんの? そんなのずるい」
「知らないよー。じゃ、今日は市井よりも早く寝る?」
「んー・・・」

 後藤はのっそりと身体を起こして、枕を膝に乗せて座っている市井の前に向かい合った。そして市井の顔をにらみながらじっと考え事をして、それから市井にゆっくりと顔を近づける。唇を突き出して続きをねだるけど、市井は「その手に乗るか」と額を小突く。さして痛くもないはずなのにそれをされた後藤は「いたいよー」と額を押さえてぶぅ、とむくれた顔をした。
 市井だってね、と妙に常識ぶった顔で市井は後藤の頭を撫でる。

「けど、それじゃ市井のせいみたいになっちゃうし、今日は別々に寝た方がいいよ。その方がゆっくり寝れるしさ」
「わかった! じゃ、絶対明日は起きるから。それならいいでしょ?」
「絶対ぃ〜?」
「うん! 約束する。絶対の絶対。だからお願い〜っ」

 ぱしん、と音のするほど手を合わせて平たく頭を下げる後藤。市井は疑いの目を向けながら、さて、ここでびしっと言うべきなんじゃないかな、とほんの少しは思わなくもなかったけれども。

「今日だけだよ?」
「やったーっ。市井ちゃん、大好き〜っ」

 甘いな、と自分に心のなかで苦笑をしながら、市井は「はい」と枕を戻す。受け取った後藤が楽しそうにそれを隣にある自分のベッドではなく市井と今乗っているベッドの上へと並べて置いた。
 はやくはやく、と先にベッドにもぐりこんで手招きをされると、市井はもう逆らえないな、と思うしかない。先に部屋の主電灯のスイッチをベッドから下りて消して、それから枕もとのサイドライトを頼りに隣へと焦らないようにと進んだ。
 けど、そんな市井の努力も空しく、ベッドの布団の端っこをまくろうかという時にはもうエサを投げ込んだ池の鯉のごとく、後藤の腕が市井の腰を掴んで引っ張り込んでくる。

「つかまえた〜っ。さ、昨日の続きしよ」
「たくぅー、よく飽きないよね。ここんとこほとんど毎日じゃん」
「だって楽しいんだもーん。市井ちゃんは、楽しくないの?」
「楽しいって・・・言うの? これ」

 市井は言葉と同じように、何かとせかそうとする後藤をなだめてなんとか動作をゆっくりに持っていこうとするのだけど、仕事でないという遠慮のなさで後藤はものすごく手早く市井の肩からシャツを引っ張り上げて腕から抜き取った。後藤の方の服は前開きのパジャマだったからボタンだけを外すまでは同じようだったけど、途中でもどかしくなったのか自分で脱ぐのはあきらめてがばっと市井の上にのしかかって唇を押し付けた。

「ちょっと。もう一度言うけど、明日はちゃんと・・・」
「わかってるよーだ。大丈夫、明日には最終兵器を使うからさ」
「最終兵器?」
「とにかく、明日は絶っっっっ対に起きる! だから、市井ちゃん。もうその話はおしまい」

 と、それ以上も何か言おうとする市井の唇を最初よりももっと強く塞いで、後藤は強めにイタズラっぽく舌を上へ下へと市井の口の中をかき回す。
 それまでどれだけ経験に差があるか、ってことはまぁ、それはともかく。
 ここ数日毎日交わすようになったせいか、後藤は格段にキスはうまくなったような気がする。市井は思った。末恐ろしく思ってしまうくらいである。もともとこういうことって、イタズラ好きな人の方が上達が早いのかもしれない。
 何を教えてるんだ、自分。と軽く突っ込みを心で入れつつ。

「後藤・・・全部脱がないの? まだ?」
「んー・・・市井ちゃんがやって」
「しょうがないなぁ。すぐそーやって甘えて、ねぇ?」
「だって、市井ちゃん。脱がせるのすごくうまいんだもん。ドキドキするんだよ。本当に」

 手を伸ばして、後藤の肩にひっかかったままのパジャマを両手でつかむ。後藤の今の言葉がそれ自体こっちをその気にさせるテクニックなのかもしれないけど、そう言われたら悪い気なんてしない。
 するする、と指先で肩のラインを撫でながら布を滑らせて、もう一度キスをしながら後藤の腕からそれを引き抜いた。目の前にある胸に顔をつけながら、今度はパンツの方に手を伸ばす。
 手を下げながら顔を逆に上へと肌に沿ってあげると、ふぅ、と小さく色っぽい吐息が聞こえた。

「けど、今日はいつもよりも早く、だよ。わかってるね?」
「・・・いじわる」
「いじわるじゃない。後藤のためを思ってんの」

 とか言いながらも、お互い昨日できなかったことを試すみたいにしてまた身体をかぶせる。
 結局そんなふうにして気が済むまであれこれとして、やっと最後にため息を同時についたころ、時計を見ると昨日と同じく真夜中をかなりまわった時間になってしまっていた。
 さて、寝なきゃ、と市井が目覚ましを確認してベッドに倒れこむと、後藤がそれを見届けて隣で頬杖をついていた。
 市井は仰向けになりながら、それを見上げて今にも眠ってしまいそうなのをちょっと耐える。

「後藤、早く寝なさい」
「うん。いちーちゃんが寝たらね。すぐ後藤も寝る」
「それが・・・、夜更かしの元だって・・・ん」

 眠気に負けた。
 市井はその夜も前の夜と同じくそんなふうにして先に寝てしまった。
 だけど、昨日の夜と違ったところがただ一点だけある。本当に市井が眠る一瞬前くらいに、くすぐったく手首に後藤の指先が触れたこと。
 涼しげな音色が、夢を見ようとしている市井の頭の中にちりん、と響いたことだった。


*****


 翌朝、予告どおりに後藤はきちんと目を醒ました。
 先に目覚ましが鳴ったのに気がついた市井がそれを止めて、横でまだ寝てる後藤を見て、まだ時間も早いし、先にシャワーでも浴びてこようか、と思った時である。
 ベッドから脚を下ろそうとした瞬間、チリン、と昨日眠る直前に聞いた音が部屋に響いたのだった。

「・・・んー。市井ちゃん?」
「後藤? あ、あれ? 起きたの? もう?」
「そーだよー。ね? だから後藤が言ったでしょ。『絶対に起きる』って」

 市井はのっそりと身体を起こす後藤を見ながら、自分の身に何が起きているかを調べた。昨晩眠る前にはそうだ、手首に何かをつけられたような感触があったはず。
 手首を上げると確かにそこには昨日の昼間に買った新品の鈴。
 さらに驚くことに、ベッドから下ろした足首にも、おそろいで買ったもう一つの鈴がつけられていた。

「いつのまに・・・」
「だって、いちーちゃんてぐっすり寝るんだもん。やっぱ平気だったー」
「て、いうか。後藤、なんであんたこれで起きられる、って思ったの?」
「ん、あぁ?」
「この音と、目覚ましの音の、どこに差があるっていうんだーっ」

 そりゃ、音色自体はきれいだけど、だからってそう大きくない鈴だから音量そのものは対して目覚ましとは変わらない。むしろ本来の目的を持っている目覚ましの方が大きいくらいなんだ。
 後藤はその市井の質問にすごく得意そうに笑って、胸まで張って偉そうに答えた。

「だって、全然違うじゃん。市井ちゃんの身体についてるんだよ?」
「んー?」
「音が鳴ってるってことは、市井ちゃんが今後藤から離れようとしてる、って合図なんだよ?」

 市井がぎょっとして、ベッドを振り仰いだ。
 後藤はそう言ってはいたけど、まだ完全に目が覚めていないのか欠伸をうーん、と自分の足元にむけてやっている。
 何気ないながらもけなげな言葉にちょっと赤面して、市井は数歩進んでその音色を確かめた。
 ちりん、ちりん、と歩くたびに涼しい音が部屋に流れる。

「よしっ! 後藤、よくできました。約束守ったってことだよね」
「うん。ありがとー。・・・まだちょっと眠いけどね」
「そこでまた寝ない! ほら、行くよ」
「ん? 行くって、どこに?」

 市井は一度は遠ざかった足をまたベッドに戻して、布団に半分潜っている後藤に手を伸ばした。

「さ、シャワー浴びるの。一緒でいい?」
「はーい。じゃ、今起きる」

 後藤が起き上がるために伸ばした手が市井に触れて、腕に巻かれた小さな鈴がまた音を朝の部屋に響かせた。

←BACK

SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 無料ホームページ ライブチャット ブログ