18.思い出話




 小川が最後の言葉をメモをして、それを石川がチェックして頷いた。
 丁寧に内容を復唱するのもきちんとあっているみたいだし、態度も随分真面目だ。石川はうん、とそれにOKを出すと、「じゃ、今日は終わりね」と声をかけた。ぱっと小川の顔が明るくなる。

「お疲れ様。けど、もうだいぶわかってきたんじゃない?」
「そんなことないですよ。石川先輩が丁寧に教えてくれるんで助かってます。ありがとうございます」

 どこまでが社交辞令なんだか、とちょっと思いながらも石川はそれでもくすぐったそうにそれを軽く否定した。入ってまだ間もないメンバーの教育係として任命された石川は、仕事の上での挨拶とかしきたりとかを、教えていたところである。
 一段落ついたのでお茶をいれて前に差し出すと、小川は恐縮したように頭を下げる。緊張もあるけど、きちんとしているし、礼儀正しくて教えやすい子だな、と思っていた。他はどうか知らないけど、自分はもしかしたら楽な子を受け持たせてもらったのかもしれないな、と。

「石川先輩でよかったです。教育係が」
「そう? またー、私をおだてても得なんてしないんだよ?」
「そんなことないですよ。だって、昨日愛ちゃんにそのこと言ったら『そんなことまで教えてもらえんの?』とかびっくりされたんです」
「あははー。よっすぃ〜だもんね、そうかも」

 口真似をしながらそのことを伝える小川に石川は笑った。それから他の新メンバーと教育係の関係なんかをお互いに話し合っているうちに、ちょっとなごんだようになってきたのを感じる。石川は笑顔で目の前のココアを飲む小川にちょっとほっとする。少しは、うちとけてもらえたかな、って。

「わかんないことはさ、どんどん聞いてね。私も入ったばっかりの時ってすごく不安でさ。気持ちはわかるつもりだから、一人で抱え込む前にまず相談して」
「はい! ありがとうございます。・・・そうなったらぜひお願いします」

 とはいいつつも割りと脳天気にそんなことを言っている。石川は自分からそう言い出したせいもあってか、ふと自分の入ったころのことを思い出した。

「石川さんの教育係って、保田さんだったんですよね」
「えっ!」

 同じことを思い出したのか、小川がそんなことを言い出した。あまりにもタイミングよく気持ちを見透かされたようになって、石川は顔を赤くする。
 手元のコップをひっくり返しそうになって、すんでのところで止める。なぜか小川が謝った。

「すみません。けど、今二人すごく仲がいいじゃないですか。だから、やっぱりそういう教育係とかがあってそうなったのかなーって」
「そ、それもあるけどね。そうじゃなかったりもするんだよ」
「へぇー・・・」

 よくわからない、というふうに小川が頭をかしげた。石川は自分でも何言ってるのかわからなかったりしながら当時のことを振り返った。

「最初はね・・・ちょっと怖かったんだ。話すことも仕事のことばっかりだし、なんか、どうやって仲良くなったらいいのかわかんなくって」
「大変だったんですね。でも、何かきっかけがあったとか?」
「まぁね。そのへんちょっとわけありなんだけど」
「『わけあり』? 怪しい言い方しないでくださいよー。気になるじゃないですか」

 乗ってきたらしい小川が石川の肘のあたりをちょいちょい、とつついた。石川は、頬杖をついて部屋の壁に昔の自分と保田の姿を思う。
 最初に思い切って話し掛けたとき、「なんだ、石川か」みたいな顔をされたっけな。

「あのねー。保田さんて、実はすっごく泣き虫なんだよ」
「はぁー、そういえば時々泣いてますね」
「そういうのもあるけど、前はねぇ一人で泣いたりしてたりしたの。ああ見えて実は繊細だったりするんだからね」
「ふーん。あ、けどそういう気もしなくもないです」
「そんでね。甘えるといきなり態度がかわいくなったりするんだよ」
「?」

 おとなしく合いの手を入れていた小川がぴた、と動きを止めた。はい? 今なんて言いました? 石川さん。
 だけど、石川はそんな小川に気がつく様子もなく、まだ続いている思い出の中に浸っている。

「普段ああして見ると想像できないでしょ。保田さんて」
「まぁー、けど。いろんな人に抱きついてるから、本当は寂しがりなのかなぁーって・・・」
「最初はね。私もそういう誤解してたんだけど、一度ちゃんと悩み相談みたいに長く話し合ったりしてね。それで、お互いのこととか、普通に話せるようになったら、もう!」
「もう?」
「すごーく甘えんぼさんなの」

 甘えんぼ、という言葉がますます小川の頭を混乱させる。いや、失礼は百も承知で言わせてもらえば、同じことを言い表すにしてももうちょっと別の表現が・・・

「この前もね、二つセットの湯飲みのどっちかをもらおうって話をしてたんだけど、どう? ピンクとブルーだったのに、保田さんが『ピンクほしーい』とか言い出すんだよ」
「はぁ・・・」
「私だってピンク大好きだし、譲ってくれるのかなーって思ってたのに、『石川はもういっぱいピンクあるからたまにはあたしにもよこしなさい!』だってさ。そりゃ、いつもは石川が先に選ばせてもらうことが多いのは確かなんだけど、それにしたって子供じゃないんだしねー」

 興奮気味に話している石川。小川はココアをずず、とすすって特に意見を述べずに流した。
 当然というか、石川はそれからさらに話を続ける。

「その前にはね、一緒に映画観たの。DVDなんだけどね。えーと、名前忘れちゃったけど、有名なアニメの・・・」

 小川が内容から推理してそのタイトルを告げると、石川は「そうそう」と楽しそうに同意した。数年前封切の、パトラッシュ的な悲しくて感動する映画だ。小川も小学生の時に見て泣いた覚えがある。

「保田さん、それ見て大泣き」
「まじですか?」
「そうなの。それはね、あれはいい映画だし、私もちょっと泣いたよ。けど、保田さんはもう別格なの。すごいの。止まんないくらい泣いてるんだもん。びっくりしちゃった・・・こう、ね」

 と、石川は小川の頭を引き寄せて隣に座っている自分の胸のあたりに押し付ける。石川はそうした小川の肩を子供をあやすみたいにして何度もさする。

「あんまりずーっと泣いてるから、私がこうしてなだめてあげないといけないくらいだったんだよ」
「それはそれは」
「おまけに『なんであそこで死んじゃうんだよー。誰も助けないなんてひどいよー』とか本気で怒ってるの。あんな保田さん、さすがの私もはじめて見たな・・・」

 と、ぎゅ、と強く小川を抱きしめる。
 石川の腕の中、小川は今の自分のように石川にすっかりもたれておいおいと泣いている保田の姿を想像してみた。
 けど、どう頭を回転させてもそういう姿は浮かび上がってこない。

「最初はさ、『すごく頼りになる先輩』って思ってたけど」
「今は違うんですか?」
「違うね。『私がいなきゃダメ』! くらいかも」
「そんなに?!」
「あ、保田さんに言わないでね。怒るかもしれないから」

 言いません。つか、言えませんとも。ええ。
 ていうか、とてもじゃないけど、今すぐ信じられる話じゃないし。
 それどころか、もっと大事な問題が・・・

「あ、こんなところにいたんだ」
「保田さん! もうそっちは終わりですか?」

 二人のいる部屋の扉がノックと同時に開いて、件の保田が顔を覗かせた。石川は小川を抱いていた手をあっさりとほどいて席を立つと、保田は廊下にいるらしいスタッフさんと二言三言話をしてから顔を戻した。

「うん。今日はもうあがっていいってさ」
「石川も、今日はおしまいなんです」
「へぇ。偶然だね、あ、小川は?」

 もちろん「小川」という名前は自分だけなのはわかりきっているのだが、なんとなく小川はきょろきょろとあたりを見回した。それから、「私ですか?」と確認すると保田に頷かれる。

「時間早いしさ、これから一緒にご飯でも食べにいかない?」
「いいですねー。賛成です」
「だから、小川ももしよければ」
「あ、えーと。あのですね・・・」

 ちらっ、と小川は石川を見た。石川は、もうすばやく扉脇の保田の隣に控えて、満面の笑顔をつくっている。小川は、さっき聞いたばかりの話を鑑みて。

「・・・いえ、今日は遠慮します。お母さんが電話するよって、前からの約束だったんです」
「そう? 残念だな。けど、それなら仕方ないか」
「小川、もしかして・・・」

 と、石川がふと自分の顔を見たものの、激しく小川は首を横に振り回した。とんでもないです。気を遣ったとか、そういうんじゃないです、と必死にアピール。
 それでも石川は部屋を出る時、「ごめんね」と保田に見えないように手を合わせてから出ていった。
 残された小川は、ほぉーーーーっ、と大きくため息をついた。

「(ていうか、二人同じ湯飲みセットを分けたり。二人だけで部屋で映画観たりって・・・)」

 いやはや、まだまだ自分は、石川さんみたいになれる日は遠いみたいです。
 しかし、あまり深く考えない方がルールでしょうかね、と一人納得させて小川は自分の荷物を取った。部屋を出て、教えてもらった通りに挨拶をして仕事場を抜ける。
 エレベーターを待つ間、見下ろした駐車場で石川・保田とタクシーに乗り込むところだった。
 先に後部座席に入り込んだ石川の背中をかばうというか、添えるように手を置く保田。
 小川はまた息を吐いて首を小さく横に振った。仲いいですね。全く。ちょっとうらやましいですよ。

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