20.まだまだこれから




 リハーサル途中の舞台袖。
 保田が出番待ちを兼ねてぶらぶらとあちこちを歩き回っていたところ、ふと一人の人影を見つけた。
 見つけること自体はそう珍しいことではないのだけど、その日は見つけた人がちょっと意外な様子。保田がゆっくり歩いて近づくのも気がつかないようで、はぁ―――、と大きなため息をついた。

「みっちゃん? どうしたの? こんなところで」
「ひゃぁっ!! なんや、圭ちゃん。びっくりするやないの」
「ごめん、ごめん」

 本気で驚いたらしく思い切り焦ってほとんど叫ぶくらいの声を上げた。しかし、音あわせでもあるリハではステージの上で松浦が歌っているため、その声もみんなのところまで届かない。
 一声かけたものの、なぜかバツが悪そうにしている平家に、保田がどうしようかと迷っていると、一旦歌が途切れた。マイクの調子を変えるのためにか音楽が止まる。

「はぁーーーーっ」
「みっちゃん。ため息一つで幸せが3つ逃げるよ」
「3つか。結構ぼったくんのね。もうちょっとまけてもらえんの?」
「・・・って、あたしは別に幸せの代理人じゃないからね。そうじゃなくて、どうしたの? こんなところで一人でさ」

 マイク位置と音響の設定をいじっている間も、松浦は舞台の上で踊りのチェックに余念がない。平家はそれをちらっと見て、首を横に振った。
 こりゃー、なんかあるってことだよね。と、保田はまぁまぁ、ととりあえず松浦が目に入らないところに平家を移動させる。都合よく今は休憩が重なって人もいないし、じっくり話をするには丁度いい空間だ。

「落ち込んでるんじゃないの? 悩みかなんかなら、相談に乗るよ。何でも聞くからさ」
「相談かぁ。相談ちゅうか、愚痴みたいなもんやけどね」
「愚痴もいいじゃない。言えるときになんでもこぼしてよ」

 まだステージ前なのでお酒を入れるわけにはいかないけど。
 でも今の平家にはそんなものの力を借りる必要もなさそうである。保田には心を許しているのか状況的に都合がいいのか。とにかく案外と口は軽く、保田を前に一言二言、とこぼし始めた。

「あんね、アタシ本気で悩んでてね。・・・誰にも言ったらあかんよ? 裕ちゃんにもね」
「うん。わかった、最重要シークレットで」
「そうそう。・・・かっこええね。そうやって言ってみると」
「んじゃなくて、本題は?」
「そうそう。あたしの悩みゆうのはね、自分。これからこれでええんか、ってことなの」
「!」

 いきなりヘヴィーな悩みだ。しかもかなりデリケートな問題を含んでもいそうじゃないか。保田は確かにそれはおいそれと人に漏らすわけにはいかないな、と辺りをきょろきょろと見回した。うん。大丈夫、とわかると座っていた膝を数センチ平家に近づける。
 うつむいて平家も、自分の口の前で手を組んで考え事をまとめているらしい。

「・・・まぁね、松浦にしろ、藤本にしろ。アタシよりもかなり若いし、それに関しては仕方がないとは思ってるんよ。そればっかりはアタシの力じゃどうしようもないことやない」
「そんな! 若いからとかそんなのってあんまり関係ないよ。それに、経験だとか、そういうのってやっぱりそれなりに歳を重ねないと身に付かないもんだし・・・」

 保田は必死にフォローをした。だって、そんなことを言い出したら歳を取るってこと自体が何か罪深いことみたいじゃないか。
 そんなこと絶対にないし、ハッピーバースディっていくつになっても言っていたい。
 にもかかわらず、平家の深刻そうな顔は全然緩くなりそうもなかった。

「けど、実際アタシの方があの子たちよりも長くやってて、場数も多く踏んでるはずなのに、あっさりと負けてしまうんよ」
「負けてって・・・そんなことないって。そんな一度や二度で勝ち負けなんて・・・」
「変な慰め方なんてしなくてもええよ。圭ちゃん。アタシかてアホやないし、自分の負けを認められないほど子供でもない」
「(なんか、かっこいいんですけど・・・)」

 平家はハードボイルドな微笑みを浮かべてまたステージを見た。移動したせいでそこからはステージから漏れるライトしか見えないのではあるが。

「さっき、松浦にも直接言われてん。『平家さん。まだまだ行けます! 諦めないでください!』て」
「(松浦・・・)」
「けど、そういうことってない? 悪気はないんでしょうけど、かえって慰めたり優しい言葉をかけてもらうことで傷つくことって」
「(切なすぎる・・・)」
「実際、この先どれだけ頑張っても、あの子たちに勝つってことありえるんやろか。とか、思ってね。そう思ったら、ああやってステージで頑張ってる松浦見ててもなんとなく落ち込んで」
「みっちゃぁん・・・」
「なんや、なんちゅう顔するの。圭ちゃん」
「そんなこと言わないでよぉ・・・」

 思わず涙ぐんで保田が平家の手を握った。
 なんやなんや、と戸惑い顔の平家に、保田は代わりにしてあげるがごとく、二粒ほど涙を落とした。
 逆に平家がそれを慰めるために保田の頭を撫でてあげたりしないといけないくらいだ。ちょうど手近にティッシュがあったので、それを渡すと保田は力強く鼻をかむ。

「頑張ろうよ! 別に若さがどうとかって、関係ないよ。あたし達だってそんな周りが言うほど年取ってなんていないんだし、お互いまだまだこれからじゃない」
「・・・そう思う? 本当に?」
「あのね。坂本竜馬は29歳まで浪人だったんだよ。それに比べたらあたしたちってあと何年余裕があると思ってるの」
「その話、本当?」
「・・・ちょっと前にテレビで見ただけだけど。多分」

 と、保田がいささか自信のなさそうな力説をすると、そこで平家もやっと笑顔を戻してくれた。人を説得するときはちゃんと勉強してからにしなはれ、とか突っ込むと、和やかに笑いまで出てくるようになった。
 保田が泣き止むと、平家は「うし!」とガッツポーズを作って座っていた椅子から飛び降りた。

「ありがとね、圭ちゃん。おかげでちょっと頑張る気が出てきたみたい」
「よかった。けど、せっかくのステージ前なのに、そんなテンション低くしてちゃダメだよ。時間が時間なんだし、それこそやる気まんまんでいてくれないと・・・」
「いやぁ・・・今そんなやる気出してもしょうがないし。今からじゃそんな時間もないよ」
「?」
「うん? 圭ちゃん、何? 何の話と思ってたの?」

 保田がううん??? と思い切り首をかしげた。平家が「なんのこっちゃ」と顔を寄せてそこに誤解があったことを教える。
 保田は、恐る恐ると自分が思っていたことを平家に話した。違うの?

「だって・・・みっちゃん。その、ハロプロについて・・・だから・・・」
「はぁ?! 何を言うてるの! 圭ちゃん、血迷ったん?」
「ち、血迷うって・・・」
「違うの! アタシが今話してたのは、『五目並べ』。ただのゲームのことよ」
「?」
「あ、楽屋違うもんね。そうそう、さっき誰ぞが楽屋で五目並べ初めてね。そんでちょっとしたリーグ戦になったのよ」
「はぁ・・・」
「そんで、アタシ実は昔・・・ゆうても学生時代やけど結構友達とよくやってたのもあって。自信もってやったんやけど、あっさり松浦にも藤本にも負けてしまってね」
「そ、それじゃ・・・」
「そ。たく、圭ちゃん。考えすぎだって。誤解誤解。違うの」

 保田が最初目をぱちくりさせて、それから「ぶっ」、と吹き出した。立ち上がって平家の隣に並ぶと、ぺしぺし、と腕を何度か叩く。

「なんだよー。じゃ、さっきのあたしの涙はなんだったんだよー」
「えーねん。ありがと。圭ちゃんは優しい子やねー」
「からかって言ってるでしょ。もぉーっ」

 そこで松浦のリハが終わったらしい。
 次に、と平家の名前が呼ばれて大きな返事をした。

「それじゃ、圭ちゃん。またね」
「うん。終わったら、一緒に飲みに行こうね」
「そうやね。そればっかりはお子様たちにはできんことやもんね」

 ハイタッチをして、平家はステージに向った。中央にある印の上に立って、マイクのセットをしてもらっている間、ふと天井から自分を照らすライトを見上げた。
 眩しくて、細かい瞬きをしながらちょっと目を閉じる。

「(・・・それだけでもなかったんだけどね)」

 どうぞ、と設定の終わったマイクを手渡される。平家はステージ中央で最初のポーズをとった。ライトが一瞬消える。
 だけど、その話はまたもうちょっと後で。
 今じゃなくって、これが終わったあと、お酒でも飲みながらゆっくりとね。圭ちゃん。
 雑念を振り払うようにして最初の歌詞をしっかりと頭に刻み込む。
 前奏が始まって、一斉にライトが平家を照らし出した。

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